むなしさとともに

悲しみが尽き果てるまで共に在る twitter https://twitter.com/oujouwogosuru?s=09 

夜道のセミ

夜道を歩く。

 

影が動く。あっ、セミだ。

 

土から出てきて、もぞもぞしている。そこは歩行路。

 

踏み潰されてるのを見るのがいやだ、手を伸ばすともぞもぞ上ってくる。

 

少し腕をよじ上る。殻に成虫の兆しが透けている。

 

このセミは何歳だろうか?

 

木に置くと、ゆっくり上っていった。

 

今頃、彼は無事鳴いているだろうか?彼もいのち、自分もいのち。

 

おぉいのちのともがらよ。そのともがらをもてあそぶ事しかできぬ自分よ。

 

自分の思いから一歩も出ることができない。本当に浅ましいけれども、

 

このありようをやめることができない。沈みきっている。

 

ただし、ともに見捨てぬ大悲まします。無量寿如来と申します。

 

われをたのめとよびたもうなり。

いつまでも、どこまでも

いつでも、どこでもと思っていたが違っていた。

(170719追記 違うというのは、その意味だけではなかったということ。

 つまり、いつまでも、どこまでもに包含された、いつでも、どこでもで

 あるということ)

 

如来の大悲は、いつまでも、どこまでも。

 

必ず助ける、助け遂げずんば誓うて正覚を取らじ。

 

我が名を称えよ。

 

これが如来の大悲。

 

一隅を照らすと思っていたが、一隅をも照らす。照らし抜く。

 

貫く。貫き徹す。

 

その心は遍く十方を照らす。光明蒙らぬものぞなし、の親鸞聖人のお心。

 

如来の大悲が至り届いて、この我が声にまで成って下さったとは、

 

今の今まで知らなんだ。おぉ如来よ。おぉ無限の大悲よ。

 

南無阿弥陀

聖徳太子

親鸞聖人がどうして聖徳太子を讃嘆されたかわからなかった。

 

夢のお告げだけとは思えなかった。

 

太子の著作を初めて読んで驚いた。

 

太子は佛のお心が分かっておられた方とは知らなかった。

 

希有の心を生ずとは、常住を聞くを謂うなり。

通じて論ずることを為さば、常住は本然なり。但是を聞くこと希なるが故に

希有と云う(勝鬘経義疏 其中堂p10)

 

真の意味で親鸞聖人が教えを請うことができる人は法然聖人しか

 

いなかったが、法然聖人とは流刑以後お会いすることが

 

できず、親鸞聖人が苦しくて再び道に行き詰まった時、

 

おそらく太子の著作を拝読して道がもう一度開かれたのだと思う。

単に夢告だけではない。

 

本当に佛法が浸透した方でなければこんな本を書き残すことは

 

できないと感じた。

 

しばらく聖徳太子の本や華厳経や十地経に触れて、如来のお心を

 

尋ねてみます。

 

なんまんだぶ