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むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

念佛とともに

死にたくはないが、どうしても生きねばならない理由はない。 難儀は嫌だが、それは避けられない。自分のこれまでがもたらしたものだから。 宿業や一生造悪、極重悪人という言葉は、誰かに用いてよい言葉ではない。 自分が『自分自身』にしか、用いることを許…

人間

人間とは、久遠の歴史を背負って生まれてきた者である。 損や得や善悪、そんなもので計れるほど、軽い者ではない。 甚だ重い久遠の過去、そして、光明と共に歩む可能性を孕んだ者の ことを云うのだと思う。 あなたは一体何だ?僕は人間でありたい、と思う。 …

メリトクラシーに抗う

一切を貨幣的、機能的にしか認識、観察できない。 『それ』としか見ることができない。 これをメリトクラシーと聞かせて頂く。 これに染まってしまった自分が どれだけ他人を傷つけ、生き物を傷つけ、弄んできたか。 そして、今も止むことがない。それが自分…

限界状況(越えられない一線)

因縁和合。つくべき縁、離れる縁。 出会いがあり、別れがある。どんなに努力をしても越えられない 一線がある。それは、そういう状況に陥るのではなくて、 元々そういう状況に在る、状況を具足していることを逃避し、 あるいは遠ざけることで自分を保ってき…

いのちを愛する

たまたま寄った銭湯のご主人の言葉。 オレは剣道五段やけど、兄ちゃん、剣の道で何がもっとも 強いか分かるか? いいえ、それはなんですかと答えると、 それはな、愛やねん。でも、何の愛かわからんねん。何でかわからんねん。 人を愛するということでしょう…

本願に信頼されている

信心で助かるのでもない。 念佛で助かるのでもない。 乗彼願力。お前を助けずばおかん。必ず助ける、という 如来の本願力、法蔵比丘の誓願で往生を遂げさせて頂くばかり。 わが身わが心、この相対有限の世界に自分をまかさない。さしおく。 助けずばおかん、…

事実と真実は違う

最近感じることがある。 それは、人は事実に支えられているということである。 事実とは、物質・精神両面において、様々な形をとって関わっている。 例えば、富、地位、家族、友、健康。 確かに今現在感じうる事実だといえる。 しかし、親鸞聖人は真・仮・偽…

度衆生心(仲良くしたいと思う心)

お経を読んでいます。 浄土三部経ではありません。雑行だと言われるかもしれませんが、 別に構いません。そういうことを気にする必要はもうありません。そのままです。 そのお経に嫌と云うほど出てくるのが『衆生のために』という言葉。 三帰依文でも出てく…

むなしさを信頼する

無縁の大悲。摂取不捨。 この言葉の出所を聞く。この出所を本願といい、南無阿弥陀佛という。 表面ではなく、言葉の本質、言葉の響き、いのちが形をとった言葉、 言葉となってまではたらくいのち。 それを聞くのだ、と。和田先生の『常没の凡愚』を聞かせて …

本願に出遇うまで⑥

6.現在 念佛を申し、生活をする。必ず隣にひとがおられる。 そのひとが自分の自性を教えてくれる。 今の自分にとって、重要なことは、今ここでお念佛を聞かせて頂く、 ということに尽きる。 色々なことを思い違いしていたが、どんなに心をさしおいても、 現…

本願に出遇うまで④

4.失敗 自分は主体的活発的なものではないため、 こうなりたい、という意欲や夢が一つもなかった。 流されて、あるいは火がついてからでないと腰を上げない、そういう子どもだった。 そういうことで、受験に関しても、 具体的に志をもって取り組むということ…

本願に出遇うまで③

今に至るまでを思い起こす。思えば、色々あったのかなと思う。 3.決定的な欠落(存在の意味が分からないということ) 他人の気持ち、立場になって考えることが今以上にできなかった。 想像力がない、否、他人に関心がなかったのだと思う。 同時に自分が何を…

道が始まった

今までこちらへ行き、あちらへ傾き、左に行き右に行き 模索しておったのが、『私の行く道はこれだ』と、 その道が決定した。それを「往生一定」といいます。 私の人生の生き方が根元から定まった、これに増したことはない。 そのことを「御恩」と申します。…

法の真実を説け

和田先生は仰った。 個人の心境を述べるに留まってはいけない。 一人ひとりの心境は異なるのだから。 だから先達は云った。法の真実を説け、と。 それは法に出遇った人の言葉である、と。具体的には経論である、と。 自分に教学がないため、心境を述べるに留…

煩悩は煩悩のままでよい

出よう、出よう、やめよう、やめようとしていたが、 どうやらそうではないらしい。 煩悩は煩悩のままでよい。断ぜずともよい。 要は執着しなければ、相手にしなければ問題ない。 湧くなら湧けばいい。思うなら思えばいい。 あぁ、また思っているな。なんまん…

ありのまま

真如法性とは、決して曇りなき青天のことをいうのではないと思う。 雲があっても、雨が降っても、嵐の日でも。 青天の日も、雪の日も、春のうららかな日も。 夏の照りつける日差しも。秋の夕暮れも。 そのありのままの姿が真如法性。足すことも減らすことも…

三帰依文を確かめていく②

この身、今生において度せずんばさらにいずれの生においてか、 この身を度せん。 度す、と云う言葉の意味には、此岸から彼岸に至る、という意味があると 聞いております。 このことの意味を、生死出づべき道と頂きます。 そして、生死出づべき道とは、今、わ…

どこまでも深く、どこまでも高く

如来わが往生を定めしご恩。 これが真宗のご恩だと和田先生から聞かせて頂く。 どこまでも深く、どこまでも高く、本当に仰ぐべきものに 遇い難くして今遇うことを得た。聞き難くして、既に聞くことを得た。 どこまでも聞いていく。どこまでも確かめていく。 …

真宗とはわたしという存在を支えるものである

このブログを始めてからちょうど一年が経ちました。 また、自分を取り戻してからは一年半が経ちました。 この間、沢山の人に出会い、沢山のことを教わってきました。 それが世間で生きることにおいて、役に立つかどうかは、わかりません。 ただ、本当に自分…

存在の歴史

確かに今、人として生まれた自分は、本当に頼りなく、 力のなく、慈悲のない者である。それは事実である。 変えようがない。 しかし、今人として生まれたということは、 数え切れないにんげんの歴史の上で、たまたま起こったことと いえる。 生まれてすぐ無…

極重悪人とは誰か

なぜ苦しいのか。なぜ孤独なのか。 その答えを外にばかり求めてきた。しかし、答えは外ではなく内にある。 我が身さえよければいい。他はどうなってもかまわない。 そもそも関心がない。わが身の安穏さえ保てればそれでいい。 他を責める心が止まない。一切…

聞かせて頂いたこと、そして思うこと

人はよいと思うことしかしない。 地獄とは、堕ちるものではなくて、人間ははじめから既に地獄に堕ちている。 地獄に堕ちているとは、地獄をはらんでいるというか、具足というか、 それから逃れられないということ。 それが各々の縁にもよおされて露わになる…

ひたすら教化を受ける

仏法は広めるものではなくて、広まるもの。 それは、最も教化を受けた者から自然に広まるもの。 和田先生の言葉。 そもそも自分は伝えられる力がないのだ。 自分は教化を受けるもの、 どうか念佛してくれと呼びかけられているものなのだから、 それに相応し…

迷いのただ中だ

自分の思いから一歩も出られない。 思いとは、自分の都合。 煩悩と有限と身は一体であると教えて頂く。 そして、この身が所属しているこの世界は穢土といわれる。 穢土とは、堪忍の土(世界)ともいわれる。 本当に迷っているのだなと思う。どうしても分別が…

法を握らず、歓びを握らず手放す

佛に値遇するということを、即得往生といい、 初歓喜地に至るともいい、正定聚に住するともいう。 初歓喜地とは、菩薩が退転の位、すなわち、十信、十住、十行、十廻向という 境涯を超えて、初めて、不退の位に達すると大いなる歓びが起こる、と 聞いていま…

忘れていたもの

このごろ気になることがありました。 それは、どうして言葉が届かないのか、ということ。 答えは目の前に、いや、身に寄り添っているのに、なぜ届かない? あるいは、どうして自分は大事な人のことを受け止めてあげることができないのか? なぜ理解してあげ…

思いに一切用事なし

こう思う。 こう感じる。 やめたほうがいい。いいと思う。 正しい、正しくない。好き、嫌い。損か、得か。 分けて、比較しないと認識ができない。比較分別心。 さらに、自分が選んだ方に徹底的に執着する。我執。 そして、その根元である無明。 しかし、それ…

如来の御恩を仰ぐ

最も悲歎すべきことは、信じるよりも先に深く、深く信じている、 一切のものが根無し草のごとく、全く力を具足していないことである。 家族も、家も、金も、友も。そして、最大の問題は、比較分別心、差別心、 我さえよければよい、自是他非の心を自分自身が…

本願は何も要求しない

迷ったらダメだ。 こんな浅ましいことを考えてはダメだ。 どうにも憎んだり、怒りの心が止まない。 貪りもやまない。 四十八の本願の中には、何一つ、私に求めていない。 汝、我が名を称えよ。称えるばかりで、必ず助ける。 これは何も私に要求していない。 …

仕事帰りに

仕事帰りに、お寺に行きました。 遅れて行ったので、五分くらいしか聞けませんでした。 先生は仰りました。 阿弥陀佛に遇えて、本当に良かったと思う、と。 阿弥陀佛に南無しなさい。阿弥陀佛とは浄土そのものであります。 浄土とは、大悲の世界なのです。 …

讃嘆と悲歎

親鸞聖人の教行信証のうち、御自釈は結論ではなく、 自分自身の感動を表白したものである、と聞く。 結論のようにずっと聞いていたなぁと思う。 よき人法然上人に出遇った歓び、本願念佛にたすけられた感動。 たすけられながらも、まったく変わることがない…

変わりどおしや

ある住職が、病に臥し、お見舞いに門徒の方がいらっしゃいました。 「ご住職、お変わりはありませんか?」 「わしは変わりどおしや。」 台風が来ています。暴風雨により、災害が起き、交通機関も 混乱が起こります。被災されたり、不幸に見舞われたりする方…

仰せしかない

現実のわが身、わが身の生きるこの世界は、自分の思いを食い破っている。 こう聞かせて頂くけれど、本当に自分の思い通りにいかないこと、 自分が破られることを、絶対的に否定している。受け入れられない。 絶対に破られたくない。自分が間違いなく、正しい…

出離生死

生死を出る、と聞くと、どうしても、分別に陥る。 原因Aを滅すれば、苦しみはなくなる。 だからAを消し去る。そして、Bを得る。 あるいは、生きることは「よいこと」だ。 死ぬことは「つまらぬことだ」。また逆も然り。 出離生死とは、こうではない。 A…

あるがままを受け取る

物事をあるがまま、そのままを受け取る。 どうしても、思いによって捻じ曲げてしまう。 しかし、思いは思いのまま、放っておく。思いはやがて消えていく。 鐘の音がやがて消えていくごとくに。 悲しいときは、悲しいままに。嬉しいときは嬉しいままに。 辛い…

小さな声でお念佛を

歩くときも念佛。 風呂に入るときも念佛。 洗濯物を干すときも念佛。 時、場所を選ばない如来選択の行。 小さな声でお念佛を申し、自分の耳に聞く。 行住坐臥 不問時節近久 大きな声で、有難い声で、節をつけて、お念佛を申さなくてもいい。 自分で聞き、自…

許されていたということ

本願に出遇うということは、すでに許されていたのだと知ること。 本願に呼び掛けられているということは、すでに許されているということ。 出遇うということを通して、初めて、自分において、 本願が届くということ。 聞こえた、ということ。 聞即信。 聞こ…

風の前のちりに同じ

人間は根本的に我執を抱えている。 我と我がぶつかる故に、強者と弱者の相が生じる。 強者は力をもって弱者をねじふせる。 力とは、貨幣であり、立場であり、性格であり、性別であり、 あらゆるものである。 そして、弱者は涙を流す。虐げられる。耳を傾けら…

持たないと持てないは違う

あるか、ないか。 損か、得か。 好きか、嫌いか。 分別心には、二つしかない。二つしかないという事は堅いということ。 柔軟、寛容が欠落している。 自分の思いにそぐわないこと一切を許せないということ。 これが分別心、我執の心である。 残念ながら、世界…

決定的な出遇い

あの人に出会わなければ、今の自分はなかった。 あの出遇いのおかげで、今がある。 人と出会うのは不思議なことだ。 出会おうとして、出会えるのではなく、たまたま出遇う。 声が聞こえた。 本当に決定的な出遇いが、人間には起こる。 生死流転を六道輪廻と…

笑っていますか?

心の栄養は足りていますか? 心の栄養とは、感動であり、驚きであり、感謝であり、笑うことだと思います。 この身は、常に代謝を繰り返しており、様々な栄養を摂取しなければ、 維持することができません。たんぱく質、糖分、カルシウムetc 栄養が足りなけれ…

いよいよ聞き続ける

いよいよ聞かねばならない。 いよいよ自分の思いが、ますます破られ続ける。 破られることは、驚きであり、感嘆であり、悲歎でもある。 ますます自分の身の現実、心のありようを見せ付けられる。 あぁ、そうであったか。本当に思いの中から一歩も出ることが…

善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり

仏法を聞く、聴聞することを「善いことだ」と思っていないか? 「善い」から聞くのではない。 「聞かねばならない問題」を抱えているから、聞かせて頂くのであって、 「善悪」の区別のうえに、「善」を選んでいるから聞くのではない。 「善悪」に立って、仏…

ただ聞いていく

小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもうまじ 如来の願船いまさずは 苦海をいかでかわたるべき(愚禿悲嘆述懐和讃) 親鸞聖人の和讃が身にしみる。本当におっしゃるとおりだと思う。 自分が誰かの役に立つとか、力になれるとかはうぬぼれであり、 自分はもう…

勝利の影に涙あり

オリンピックを見て思う。 勝者がいれば、必ず敗者がいる。 ガッツポーズの向こうには、落胆がある。 日本という立場に相対して、日本以外の国がある。 金、銀、銅のメダルを獲るものと獲られないものがある。 金、銀、銅とそれ以外の優劣がある。 結果を獲…

貫く光

無碍光を有難く思う。 無碍光を味わうに、わが身我が心の在り様を、一切問わないという心。 汝の心身に一切を期待しない。要求しない。一切とはゼロである。 汝ただ我が名を称えよ。 はい、南無阿弥陀仏。 本願に相応し、前念命終 後念即生(愚禿抄) わたし…

結果は知らない、ひたすら歩む

気がついたときから、常に自分の行動、他者、社会との関係性において、 見返りを求める歩みだった。 しかし、それが自分にとっては、どうしてもむなしいことだった。 むなしい、というのは、意味がわからない、ということだ。 何もかも。周りのひとが楽しそ…

自力とは幻の如し

自力。 言葉の雰囲気からして、自分の力。自らで自己の人生を切り開く。 努力。 そもそも、自分の力とはなんだろうか? 草花が日光と水を用いて光合成をする。 自活しているように思っていたが、日光と水を用いている。 動物は、いわんや、他の動植物から栄…

本願名号正定業

本願の名号は正定の業なり、至心信楽の願を因と為す(正信念佛偈) わが身、我が心の有様、これまでの歩みがどんなに頼りない歩みであろうと、 一切関係がない。 本願の名号が往生を決するのであって、自分が介在する隙間がない。 そして、それを如来で申せ…

この身を生きる

今こうして人の身を頂いているということの意味を問う。 自分が人として生まれざるを得ない理由があったのだ思う。 この世をお釈迦様は、娑婆世界と仰った。 娑婆世界では一切が無常である。 そして、そこに住むものは、煩悩具足の凡夫。 歎異抄にはこうある…