むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

徒然なるままに

出離生死

生死を出る、と聞くと、どうしても、分別に陥る。 原因Aを滅すれば、苦しみはなくなる。 だからAを消し去る。そして、Bを得る。 あるいは、生きることは「よいこと」だ。 死ぬことは「つまらぬことだ」。また逆も然り。 出離生死とは、こうではない。 A…

あるがままを受け取る

物事をあるがまま、そのままを受け取る。 どうしても、思いによって捻じ曲げてしまう。 しかし、思いは思いのまま、放っておく。思いはやがて消えていく。 鐘の音がやがて消えていくごとくに。 悲しいときは、悲しいままに。嬉しいときは嬉しいままに。 辛い…

小さな声でお念佛を

歩くときも念佛。 風呂に入るときも念佛。 洗濯物を干すときも念佛。 時、場所を選ばない如来選択の行。 小さな声でお念佛を申し、自分の耳に聞く。 行住坐臥 不問時節近久 大きな声で、有難い声で、節をつけて、お念佛を申さなくてもいい。 自分で聞き、自…

許されていたということ

本願に出遇うということは、すでに許されていたのだと知ること。 本願に呼び掛けられているということは、すでに許されているということ。 出遇うということを通して、初めて、自分において、 本願が届くということ。 聞こえた、ということ。 聞即信。 聞こ…

風の前のちりに同じ

人間は根本的に我執を抱えている。 我と我がぶつかる故に、強者と弱者の相が生じる。 強者は力をもって弱者をねじふせる。 力とは、貨幣であり、立場であり、性格であり、性別であり、 あらゆるものである。 そして、弱者は涙を流す。虐げられる。耳を傾けら…

持たないと持てないは違う

あるか、ないか。 損か、得か。 好きか、嫌いか。 分別心には、二つしかない。二つしかないという事は堅いということ。 柔軟、寛容が欠落している。 自分の思いにそぐわないこと一切を許せないということ。 これが分別心、我執の心である。 残念ながら、世界…

決定的な出遇い

あの人に出会わなければ、今の自分はなかった。 あの出遇いのおかげで、今がある。 人と出会うのは不思議なことだ。 出会おうとして、出会えるのではなく、たまたま出遇う。 声が聞こえた。 本当に決定的な出遇いが、人間には起こる。 生死流転を六道輪廻と…

笑っていますか?

心の栄養は足りていますか? 心の栄養とは、感動であり、驚きであり、感謝であり、笑うことだと思います。 この身は、常に代謝を繰り返しており、様々な栄養を摂取しなければ、 維持することができません。たんぱく質、糖分、カルシウムetc 栄養が足りなけれ…

いよいよ聞き続ける

いよいよ聞かねばならない。 いよいよ自分の思いが、ますます破られ続ける。 破られることは、驚きであり、感嘆であり、悲歎でもある。 ますます自分の身の現実、心のありようを見せ付けられる。 あぁ、そうであったか。本当に思いの中から一歩も出ることが…

善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり

仏法を聞く、聴聞することを「善いことだ」と思っていないか? 「善い」から聞くのではない。 「聞かねばならない問題」を抱えているから、聞かせて頂くのであって、 「善悪」の区別のうえに、「善」を選んでいるから聞くのではない。 「善悪」に立って、仏…

ただ聞いていく

小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもうまじ 如来の願船いまさずは 苦海をいかでかわたるべき(愚禿悲嘆述懐和讃) 親鸞聖人の和讃が身にしみる。本当におっしゃるとおりだと思う。 自分が誰かの役に立つとか、力になれるとかはうぬぼれであり、 自分はもう…

勝利の影に涙あり

オリンピックを見て思う。 勝者がいれば、必ず敗者がいる。 ガッツポーズの向こうには、落胆がある。 日本という立場に相対して、日本以外の国がある。 金、銀、銅のメダルを獲るものと獲られないものがある。 金、銀、銅とそれ以外の優劣がある。 結果を獲…

貫く光

無碍光を有難く思う。 無碍光を味わうに、わが身我が心の在り様を、一切問わないという心。 汝の心身に一切を期待しない。要求しない。一切とはゼロである。 汝ただ我が名を称えよ。 はい、南無阿弥陀仏。 本願に相応し、前念命終 後念即生(愚禿抄) わたし…

結果は知らない、ひたすら歩む

気がついたときから、常に自分の行動、他者、社会との関係性において、 見返りを求める歩みだった。 しかし、それが自分にとっては、どうしてもむなしいことだった。 むなしい、というのは、意味がわからない、ということだ。 何もかも。周りのひとが楽しそ…

自力とは幻の如し

自力。 言葉の雰囲気からして、自分の力。自らで自己の人生を切り開く。 努力。 そもそも、自分の力とはなんだろうか? 草花が日光と水を用いて光合成をする。 自活しているように思っていたが、日光と水を用いている。 動物は、いわんや、他の動植物から栄…

本願名号正定業

本願の名号は正定の業なり、至心信楽の願を因と為す(正信念佛偈) わが身、我が心の有様、これまでの歩みがどんなに頼りない歩みであろうと、 一切関係がない。 本願の名号が往生を決するのであって、自分が介在する隙間がない。 そして、それを如来で申せ…

この身を生きる

今こうして人の身を頂いているということの意味を問う。 自分が人として生まれざるを得ない理由があったのだ思う。 この世をお釈迦様は、娑婆世界と仰った。 娑婆世界では一切が無常である。 そして、そこに住むものは、煩悩具足の凡夫。 歎異抄にはこうある…

さるべき業縁

たくさんの方がお亡くなりになった事件が起こってしまった。 詳細はまだ見ていないから分からないけれども、 とても他人事とは思えない。 世の中には、信じられないような出来事が次々と起こっており、 実際に世にあらわになることは、氷山の一角に過ぎず、 …

自分を取り戻す佛道

真宗とは、自分を取り戻す佛道であると頂いた。 凡夫が凡夫になっていく。ありのままの自分を受け止めていく。 親鸞という方は、それを自らの身を通して歩んでくださった方であり、 だから、僕らと距離が近い。遠くない。 自我という殻を破り、本当の自己を…

悲心招喚

無視されても。 どんなに苦しく、孤独であっても。 どんなに時間がかかろうと。 喚び続ける。決して諦めない。忍終不悔の心。歩み続ける。 これが如来の大悲。 選択本願の念佛とは、如来の大悲が背景にある。 だから、わたしが分別し、わけのわからないもの…

思いだけで生きている

楽がしたい。 好きだ。嫌いだ。 こうしたら、損しない。 見事に、こればっかり。ですね。 改めて、びっくりしています。 和田先生は、「人間の求めるものは皆妄念妄想」と仰ったと聞かせて頂きました。 そんなことない。そう思ってきましたが、この言葉のと…

声が届く

誰かを変えよう、変えようとしていた。 思い通りになると思っていた。 違うなぁ。 いくら変えようと思って、何かをしても、がんばっても、何一つ変わらない。 なぜか? 思いが届かないからだ。変わるか、変わらないかは、 相手に委ねられている。相手が変わ…

佛に頭が下がる身

不思議なご縁で、合わなかった手が合い、 佛に合掌し、頭を下げざるを得ない身、そして、 お念佛申す身に仕上げて下さった。 このことを、改めてとても不思議に思い、有難く思う。 どれだけの時と手間をかけたことか、分からないけれど、 自分の居場所、自分…

無限と有限の出遇い

一声の念佛は無上功徳。 二声の念佛も無上功徳。 三声の念仏も無上功徳。 本願の名号、称名念佛は円に無上功徳を具足している。 いや、無上功徳そのものである。 1∞も2∞も100∞も10,000∞も、みな無限である。 無限の中に位置を占める有限だと頂けば、 自分は…

悲しい現実に寄り添う大悲

人は生まれ、歳を重ね、時には病になり、やがて死ぬ。 無常の世に居るということは、一つの事実。 そして、その中で、自分というものは、分別・分け隔てをせねば、 生きられない、この現実。 正邪を分ける基準は、それが役に立つか、立たないか。 この基準に…

今回の学び

本当は聴聞する心はないはずなのだが、 不思議と足を運ばせて頂いている。そして、今年もご縁を頂いた。 今回も新しい発見があり、出会いがあり、感動があった。 忘れる前に記そうと思う。 真宗は自己を見るまなこである。 自己を相対化するために、阿弥陀さ…

何度転んでもまた立ち上がればいい

失敗を怖がっていた。今もできるならしたくない。 でも、失敗しなければ、痛みを感じなければ、何一つ身につかない。 転んでも、傷ついても、馬鹿にされても、 今の自分を直視し、逃げない。目を逸らさない。 現状を正しく把握する。そして、一歩を踏み出す…

役立たずなんていない

ラジオでイギリスにおられる僧侶の方の話を聞かせて頂いた。 托鉢の時、言われた言葉。 Useless お前は役立たず。 それを言われて考えられたそうだ。 自分は、誰にでも優しく認めてもらいたい自分なのだなと。 そして、更に考えた。 Uselessの裏返しはUseful…

述懐

煩悩とか、自力とか、本当に自分は知っているのだろうか? たぶん、自分の中で思い込んでいただけで、ただのそれだけだったと 思う。 わたしが頂いている浄土真宗の教えは簡潔だ。 行は選択本願の念佛一行に依る。 ただし、それを行ずる衆生に二種あり、 疑…

わが師の恩

自分にとって、真の師と仰ぐ方は二人います。 一人は行の師。鍵山秀三郎先生。この人に遇えなければ、今はない。 行に励んだ、あの日々がなかったら今はない。 心あるところに宝あり。 この言葉の心を、わたしは弥陀のまごころと味わっています。 もう一人は…

泣いていいんだよ

悲しいときは、泣いていいんだよ。 楽しいときは、笑えばいいんだよ。 思いっきり、泣いて、 思いっきり、笑えばいい。 汝は汝であればよい。 この弥陀がいつでもいるよ。 その心が、名となり、声となり今ここに至り届く。 これが六字の南無阿弥陀仏。