むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

浄土真宗

佛説寂静禅経

最近は便利ですね。 youtubeで初めてこのお経を聞かせて頂きました。 https://m.youtube.com/watch?v=Ruzln5iWVec このお経は直接的には浄土真宗と 関係ないように聞こえるかもしれない。 しかし、全く浄土真宗の教えに 等しい響きがある。 浄土真宗の念佛の…

悲しみの大地を踏みしめて

極重悪人唯称佛(正信念佛偈) 自分自身は決して助からぬ存在であり、 無有出離之縁と釘を打たれている。 だからと言って、自分だけの救いに留まる ことはできない。そんなものが何になる。 見よ。この悲惨で悲しみと嘆きと疲労と 空虚と差別と崩壊に満ちた…

忍耐は練達を

一年を振り返ると、またたく間だったような 気がするが、実りある一年だった気もする。 何が実りかというと、言葉にはならないのだが。 年末に次の言葉に出会った。 苦難は忍耐を。忍耐は練達を。 練達は希望を生む。 キリスト教のお言葉らしい。 練達とは柔…

ただ聞かせて頂くばかり

本願力回向で往生せしめられる。 平等の慈悲にもよおされて、 あまねく一切を摂せんとわれらのために 立ち上がってくださったのが、法蔵菩薩で あると教えて頂く。 いちいちの本願にのたまわく、 われ汝を往生させずば、誓いて佛になること あることなし、と…

真実に出遇う

人間は真実を掴むことはできない。 即ち有限なる故に。 真実は無限なり、はかりなきいのち、 はかりなきひかりと仰せられる。 掴むこと能わずとも値遇することは できる。即ち乃至十念若不生者不取正覚の 誓いに帰命する一念の信心起こるとき、 摂取不捨の大…

東山魁夷という画家の作品に、「道」というものがあります。 描かれた道は、これまで辿ってきた道でもあり、 これからまだ続いていく道でもある。 東山氏はこんなふうに仰っていた。 阿弥陀佛の本願は如何なる衆生であっても、 その存在に対して垂直かつ不断…

信心の純化と柔軟心の成就

藤谷秀道先生のことばです。 十地経が初歓喜地から法雲地まで述べられて いることにも関わってくると思うのですが、 たとえ信心決定しても、煩悩を具足、即ち 身にまとっていることは変わらぬのです。 それどころかいよいよ深く、浅ましいことを 如何に知ら…

名無往生文 大乗 浄土真宗

煩悩はそのままである。 煩悩がなくなるわけではない。それどころか、いよいよ煩悩が深い。 浅ましいわが身の現実はいよいよ悲惨である。食べること、差別し、区別することを やめることができない。むしろそれを楽しんでいる。 埋没している。埋没とは、す…

愚者なりて往生す

親鸞聖人がご晩年に法然聖人から聞いたことを ご述懐されたお言葉です。 このお心を尋ねますに、念佛に帰れということでありましょう。 分かったような気分になる。助かったような気になる。 自分の思いはいらんのであります。 自分が助かるか助からないか知…

無明の闇を破するゆえ智慧光仏と名づけたり

この人はあなたにとっては、取るに足らないただの人かもしれない。 しかし、僕にとっては、かけがえのない、唯一無二の大切な人である。 僕はあなたの大切な人はわからない。 あなたは僕の大切な人がわからない。 互いにお互いの存在の尊さ、大切なものが何…

本願招喚の勅命

帰命は本願招喚の勅命なり(顕浄土真実教行証文類 行巻) 私のようなものは、如来の御名を称える資格はありません。 私のようなものは、煩悩と生死から離れることができません。 私のようなものは、誰かを傷つけずに、あるいは何かの命を奪わずに 生存するこ…

もろともに

あまねく一切を摂せん。この御心が佛心であると頂く。 この御心は平等の慈悲に催されて起こったという。 我らは法蔵菩薩の平等の大悲願心で、必ず報土、すなわち 法蔵菩薩の本願に依って建立された、本願に報いた国土へ 往生せしめられるのである。そこにも…

念佛の大悲まします

失踪というテレビ番組を見た感想を書く。 おそらく誰かに自分を受け止めてほしい、 大事にされたいのだろうなと思った。 失踪し家を離れた彼女たちは言っていた。 自分には何の価値もない、と。 親鸞聖人は、いしかわらつぶての如くなる われらと仰った。 ど…

自分は何者であり、ここはどこか、が破られる

浄土真宗の救いとは、二種深信であるといわれる。 智慧による深信である。深信とは決定、確定である。 そこに何かが介在する余地は微塵もない。故に決定であり、 確定である。 自分は間違いなく如来の仰る凡夫であるということ。 つまり、決してタスカラヌ身…

自分に用事なし

喜び心もありがたさも嬉しさも悲しみもむなしさも称える口にも 微塵も用事なし。 ただ称え ただ聞くばかり 聞くより他に道はなし タスケルと聞こえる弥陀の喚び声。 仰せの他に用事なし。 南無阿弥陀佛

中道

偏らない。 善悪に依らない。此岸にも彼岸にも依らない。今この身このまま。 過去にも未来にも依らない。ただ今に足を下ろす。 如来の仰せをただ聞き、随い、念佛を申す。 原始経典(中村元先生訳)を拝読している。 平易なお言葉で簡潔に説いて下さっている…

仏恩を思う

南無阿弥陀佛という声にまで、お成り下さり、 常に呼び掛け、抱き続け、照らし続け、言い当て続けてくださる、 無量寿仏に深く帰依致します。 帰依する心さえないので、帰依する心まで回向下さって、 助けるぞと呼んでくださるのが、今口に称え、耳に聞こえ…

すべて知っているよ

光明は智慧なりと親鸞聖人は仰った。 この言葉を味わうに、智慧とは、全てを見通す力、神通力のように 思っていたが、そうではないと思う。 人の痛み、悲しみ、苦しみを感じられるのは、 その人が身をもって、それらを味わったからこそ、 それらを何とかして…

悲しみ歎き

悲しいなと感じることが多い。 自分は、そのものを見ることができない。 うわべもほとんど分からない。況やそのものをや。 自分の判断基準をもって、その人をその存在を区別し、価値づける。 それが決して止まない。動きどおしである。 そして、欲。湧いてく…

形から心を見出す

心は形をとって現われる。 形を通して心を見出す。 どれだけ心を粗末にしてきたか。どれだけ見落としてきたか。 心は必ず形をとって現れる。 形を通して心を見出す。 今年、自分が生活から確かめていかねばならない課題だと感じた。 法性法身は形をとって現…

真宗を思う

仏教と聞くと、あるいは宗教と聞くと、どのような印象を抱くだろうか? 現世利益、加持祈祷。神様、仏様にお祈りする。無病息災を。 そんなものだと思っているとしたら、全くの見当違いである。 仏教とは、浄土真宗とは、本願によって、自らを受け止められ、…

どこまでも育ち盛り

思い通りにならない現実があり、 そこから逃げよう、できるだけ痛い目にあわないように、あわないように、 やっているけれど、それでもしょげることもある。苦楽の相を思う。 晴れの日があれば、雨の日もあり、曇りの日があれば、雪、嵐の日もある。 移り変…

今遇えた慶び

人身受け難し、今すでに受く。 佛法聞き難し、今すでに聞く。(三帰依文) ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしいかな。西蕃・月支の聖典、 東夏・日域の師釈に、遇いがたくしていま遇ふことを得たり、 聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。 真宗の教行証を敬信し…

だからこそ、一緒に

光明無量は、知っているよ。 寿命無量は、一緒にいるよ。 十方衆生は、私ひとり。 十方衆生は、貴方ひとり。 私のことを、罪悪甚重煩悩成就の凡夫よと仰る。 悪人とは、人を傷つけ、差別し、他のいのちを奪うことが やめられないもののこと。 それは自分のこ…

聞かせて頂いたこと、そして思うこと

人はよいと思うことしかしない。 地獄とは、堕ちるものではなくて、人間ははじめから既に地獄に堕ちている。 地獄に堕ちているとは、地獄をはらんでいるというか、具足というか、 それから逃れられないということ。 それが各々の縁にもよおされて露わになる…

ただ称えよの仰せ

依るべきものがなく、できることもなく、わかることがひとつもない。 とても悲しいことだと思うが、これが自分の実相。 何か分かるとかではなくて、本当に一切何も分からない。どうすればいいのか わからない。何をすべきかも、何を望んでいるのかもわからな…

忘れていたもの

このごろ気になることがありました。 それは、どうして言葉が届かないのか、ということ。 答えは目の前に、いや、身に寄り添っているのに、なぜ届かない? あるいは、どうして自分は大事な人のことを受け止めてあげることができないのか? なぜ理解してあげ…

如来如実の言

五濁悪時の群生海、如来如実の言(みこと)を信ずべし(注釈版真宗聖典p203) 正信偈にて、親鸞聖人が仰る言葉です。 信ずべしとは、聞即信、すなわち聞くしかないということ。 何を、如来選択の念佛のいわれを。 聞こえるまで、たとえ聞こえても、いよいよ…

思いに一切用事なし

こう思う。 こう感じる。 やめたほうがいい。いいと思う。 正しい、正しくない。好き、嫌い。損か、得か。 分けて、比較しないと認識ができない。比較分別心。 さらに、自分が選んだ方に徹底的に執着する。我執。 そして、その根元である無明。 しかし、それ…

如来の御恩を仰ぐ

最も悲歎すべきことは、信じるよりも先に深く、深く信じている、 一切のものが根無し草のごとく、全く力を具足していないことである。 家族も、家も、金も、友も。そして、最大の問題は、比較分別心、差別心、 我さえよければよい、自是他非の心を自分自身が…