むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

前向きな言葉と一緒に

最近は、できるだけ、言葉に気をつけるようにしている。

 

なぜか、というと、自分は言葉に引きずられると思うからだ。

 

たとえば、悪口や陰口をたたくとする。それは、自分の無意識だけでなく、

それを聞かされた人にも、伝染する。

 

ネガティブな言葉を使うと、言葉に引きずられ、心までネガティブに染まる。

 

だから、できるだけ、柔らかく、棘のない言葉と共に、毎日を過ごしたい。

棘のある言葉が、相手に伝わるかと、いえば、自分はそうは思わないからだ。

むしろ、相手が自分で反省し、改めよう、と思うような言葉が、良いと考える。

 

人は言葉によって、傷つきもするが、励まされ、

また歩こう、がんばろう、という気持ちにもなる。

 

人は人によって、傷つき、人によって、癒されもする。たわいのない会話を

させてもらえるだけで、相手がほっとする。

自分も、いつか、そういう人になれたらな。

 

まったく、他人を傷つけず、迷惑をかけずに生きることはできない。

だから、せめて、なるべく感謝の思いをもって、日暮をさせて頂けたらな、

そう思っています。

 

互いに、気持ちよく生きていけたらいいですね。

 

15.12.30追記)

言葉が暴れると心が暴れるのだと思います。

心が暴れれば、身も暴れる。その連鎖を食い止めるには、やはりよい言葉に親しむことが一番てっとりばやい気がします。

『ありがとう』『おかげさまで』『おはよう』『こんにちわ』『こんばんわ』

『おやすみなさい』

当たり前の言葉こそ、そこに我が入らず、其の言葉の先に相手がいらっしゃる。

美しい言葉といえるのではないでしょうか。それから、よき師を持つこと。

とても重要なことだと思います