むなしさとともに

徒然なるままに。自分のために、そして、いつか如来に出遇う誰かのために。

苦しみの果てに(170719追記)

最近まで、半年あまりの無職の期間があった。

これは、想像以上に、苦しい時間だった。

 

仕事をしている事実。毎月、一定の収入がある事実。

これは、人にとって、大きなアイデンティティだと痛感した。

 

働いてる人が、とても偉い人に見える。

後ろめたい気分。

 

年配の方や子どもしかいない公園に、自分が歩いている事実。

 

自分の身を通して味わう人生苦。

 

すごく苦しかった。自分で自分を否定した。そしたら、

起き上がるのさえ、難儀な時期があった。

 

でもね、時が経ち、いつか、あんなときもあったけど、

あの経験は無駄ではなかったな、って、

いつかふりかえったとき、少しでも思えたらいいんだよ。

 

きっとあなたなら大丈夫。

 

なぜなら自分の人生には答えが在ったし、

本当の満足が在った。

 

人それぞれの歩みがあり、

歴史があり、思いがある。それでいいと思う。

 

でもね、一つだけ、大事なことがある。

 

本当の安寧は、本当に望むべきものは、財でも名誉でもない。

 

あなたの外にあるものではなく、あなたの心の中に

開くものだと思うよ。

 

だから、どうか生きることを諦めないでほしい。

自分を自分でいじめないでほしい。

 

あなたのいのちには、大きな願いがかかっているのだから。

 

 

 17.07.19追記)いつか出遇うあなたへ。

 

真宗の肝要は十方衆生なり。この言葉は一切の有情、存在を貫く言葉である。

1人ももらさない。決してもらさない。必ず我が国に往生させるという如来

無限の大悲を阿弥陀如来の本願、その大悲の声を念佛という。

大悲の声は今のあなたに至り届いているはずだ。

法蔵比丘はしつこい。決してあきらめない。いつまでも、どこまでも、

決して見放すことがない。法蔵は決して傘を差さない。

雨が降ろうが、風が吹こうが、今のあなたとともにいる。

その呼び声を南無阿弥陀佛という。その声は今のあなたの声以外にはない。

その声を聞け。どうぞ念佛を申して下さい。