むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

ことのは

口に関する戒めは、意業、身業よりも多い。

 

十善戒 - Wikipedia

 

改めて考えると、一つさえ戒律を保つことができない。

 

そして、言葉が危ないなと思うことの主たる要素に、

 

「言葉の善悪は、自分では決定できないこと」を思う。

 

何気ない一言が、希望を与えることがある。意図していなくても。

 

逆に、何気ない一言が、致命的に、相手に突き刺さってしまうこともある。

 

自分が思うに、言葉の善悪を決める主体は、

言葉を発した自分ではなく、言葉を聞く相手(客体)にあると味わう。

 

だから、言葉を大切にしたい。

 

できるなら、柔らかい言葉を用いたい。壊れない、堅いということは、

柔らかいということでもある。柔らかいということは、

陽だまりや月明かりのような、優しさを伴うと思う。

 

どうせなら、みなともに、お念佛とともに。

 

南無阿弥陀仏

 

 

何もかも雑炊にしてあたたかく(種田三頭火)

弥陀のお慈悲も われ宿業も