むなしさとともに

徒然なるままに。自分のために、そして、いつか如来に出遇う誰かのために。

自力とは幻の如し

自力。

 

言葉の雰囲気からして、自分の力。自らで自己の人生を切り開く。

 

努力。

 

そもそも、自分の力とはなんだろうか?

 

草花が日光と水を用いて光合成をする。

 

自活しているように思っていたが、日光と水を用いている。

 

動物は、いわんや、他の動植物から栄養を摂取しなければ生きられない。

水、空気、大地、太陽、風・・・・・・・・。

 

これらを欠いては存在できないではないか。

自分の肉体でさえ、自分の意思で動かせない臓器があるではないか。

 

どんなに生きたいと願っても、心臓が止まるときは止まる。

 

事実はわたしの思いを超えている。

 

本当に自力、自らの力で生きているのだろうか?

生きている、生きてきたと思ってきただけではないか?

 

妄想顛倒の思いに依って生きてきたが、これほど当てにならないものは

なかった。絶えず変わりどおしだからである。

 

光明無量、寿命無量の願、選択本願の大悲、念佛往生の願を

憑み、ただ念佛す。これが自分の精一杯の在り方である。

 

だから、結果は知らない。ただできることをするのみ。

 

それで事足りるし、それでいい、満足だ。

 

本願とともに。なむあみだぶつ