むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

如来選択の道

法然聖人は、「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と

候ひしことを、たしかにうけたまはり候ひしうえに(ご消息十六通真宗聖典p771)

 

愚者とは、自分で道を歩めない者すなわち自分のこと。

 

その愚者は、自分自身の願いや望みさえわからず、生を貪るような

ことしかできない者。

 

その者には、もう道がどこにもない。もともと道などなかったのだが

そのことを知らなかった。歩むべき道があると思っていた。

今も思っているのかもしれない。

 

しかし、この者に対して、念佛往生の誓願がまします。

だから捨てない、見捨てられないの如来まします。

 

そして、如来選択のただ念佛の大道が今ここにまします。

 

愚者のために建立された念佛往生、本願の名号。

 

この大道を静かに往く。愚者になり続けて。

 

本願とともに。南無阿弥陀