むなしさとともに

徒然なるままに。自分のために、そして、いつか如来に出遇う誰かのために。

貫き徹す

念佛は無碍であり、無碍とは貫き徹すことである。

 

これが自分が体解している仏法であります。

 

念佛が塞がろうとするわが心をこじ開ける。

 

本願がわが身を助からない身に引き戻す。

 

願力無窮、無為自然

 

苦しみ嘆き悲しみに心身を浸す。つかる。沈む。どうにもならない。

 

そこに念佛が響く。響くとは貫くこと。一度貫かれると貫かれ続ける。

 

止む暇がない。常である。

 

このことを大悲無倦常照我(正信念佛偈)と仰る。

 

南無阿弥陀