むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

存在の有様

衆生とともに、ほかのいのちとともにしか存在できないにも限らず、

 

自分はほかの命を貪り、利用し、捨てるようなことでしか生きられない。

 

いくらすべきではない、と思っても、それを止める力がない。

 

気がついたら、もう、すでに、している。

 

自覚のないところで、一体どれほどのことをしているのだろうか。

 

自分の分からない深層には、無量劫ともいわれるほどの時間に

 

おかしたこと、そして、今の自分自身は一生造悪。一期が尽きるまで、

 

このような有様は変わることがないと仰る。

 

もはや力なく念佛を申すしかないのではないか。

 

ある意味では、完全に自分自身、あるいは如来を除く一切を見限っている。

 

でも、それでも今の自分自身の有様は情けなく、ひどいものである。

 

そくばくの業をもちける身にてありけるをたすけんとおぼしめしたちける、

本願のかたじけなさよ(歎異抄

 

いよいよ法蔵比丘の本願力が輝きを増す。いよいよ真実味を帯びてくる。

 

南無阿弥陀