いつでも、どこでもと思っていたが違っていた。
(170719追記 違うというのは、その意味だけではなかったということ。
つまり、いつまでも、どこまでもに包含された、いつでも、どこでもで
あるということ)
如来の大悲は、いつまでも、どこまでも。
必ず助ける、助け遂げずんば誓うて正覚を取らじ。
我が名を称えよ。
これが如来の大悲。
一隅を照らすと思っていたが、一隅をも照らす。照らし抜く。
貫く。貫き徹す。
その心は遍く十方を照らす。光明蒙らぬものぞなし、の親鸞聖人のお心。
如来の大悲が至り届いて、この我が声にまで成って下さったとは、
今の今まで知らなんだ。おぉ如来よ。おぉ無限の大悲よ。
南無阿弥陀佛