むなしさとともに

徒然なるままに。自分のために、そして、いつか如来に出遇う誰かのために。

迷いに埋もれるままに如来の大地におった

毎日のひぐらしは因を作っているような気がしていたが、

 

実際は果である。

 

迷ってきた証は、この身である。人間として生まれてしまったことが

 

迷ってきた結果である。

 

一切が無明住地の因縁に依って起こり、それによって考え、

 

それによって、生きてきた、生きている。

 

故に迷いから決して離れることができない。

 

迷いから離れることができないものは、どうすればいいか。

 

迷いを迷いと知るのならば、それはすでに光の中にある。

 

繰り返し巻き返し、言葉を反芻している。

 

他の方は自分と違う世界の方なので、ある意味では、関係がない。

 

結局、自分の世界には自分ひとりしかいない。

 

誰とも分かり合うことができないし、誰のことも分かってあげれない。

 

孤独と不安とむなしさ。

 

これらは臨終の一念に至るまでなくならないと聞いている。

 

しかし、これらの思いがいかほどに深くても、助けるの仰せは

 

無限の大悲。無限があるから相対が存在できる。無限がなければ、

 

一切の土台はない。すでに如来の大地におるではないか。

 

すでにたすけるの仰せは届いているではないか。

 

ならば、そのたすけるの仰せを聞いていけばいい。

 

何も問題なかった。不完全なままが自分の完全。それでいいじゃないか。

 

ふそくこごともなにもかも にょらいの大悲にとけていく

 

こどくもふあんもむなしさも みんな大悲にとけていく

 

たすけるのおおせがなんどでもひびく 

 

たすけるのおおせがなむあみだぶつ こえのにょらいがなむあみだぶつ

 

なんどでもなんどでもいちねんにかえしていく かえるばしょがある

 

よんでくださるみこえとは いまのいままで しらなんだ