むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

金剛心は如来の心

逆らわずに、素直に任せるは、随順の心。

 

過ちを認め、恥じるは、慙愧の心。

 

この心、わが心にあらず。これ如来がわれらがために成就し、

 

回向してくださる、如来の心。

 

この心、不壊不滅常住につき、金剛心と申す。

 

念佛の声を通して、如来の無限大悲が、われらが胸を貫き至り届く時、

 

信心の花が開く。これを佛凡一体、機法一体と仰る。

 

信心の花は散っても、憶念の種は念佛の響きとなって、絶えず響き給う。

 

わが身わが心、如何なる悪業煩悩を催しても、如来大悲の念佛が出てくださる。

 

汝を決して離さぬ、往生させる、

その如来のお心を本願力といい、そのはたらきは、摂取不捨と名づく。

 

如来は二心なく、一心であり、一心は決定心である。

 

如来に迷いがないならば、私は安心して迷って死ねる。

 

南無阿弥陀