むなしさとともに

徒然なるままに。自分のために、そして、いつか如来に出遇う誰かのために。

一寸お休みします

別に書くこともないのですが、ちょっと休みたいと思います。

 

何となく、ちょっと疲れたのです。だから立ち止まります。

 

 

でも、一週間も経たないうちに、また書いているかもしれませんし、

書かないかもしれませんし、それはよく分かりません。

 

僕は適当ですから。

 

でも、物思いに耽るというか、静かに確かめてみたいと思います。

 

では、また。いつもこんなしょうもないところに来てくださって、

 

有難うございます。

 

 

やっぱり適当でしたね。いや、如来のおはたらきは

むなしさをむなしさのまま貫くのであります。

 

如来とは運動の概念である(和田先生)