むなしさとともに

徒然なるままに。自分のために、そして、いつか如来に出遇う誰かのために。

光明とは智慧、照らすはたらきとおっしゃる。

 

照らすとは暗がりを浮かび上がらせるものである。

 

暗がりとは何か、自分の心の動き、現実の姿のありようのことを指す。

 

すなわち、暗がりを暗がりと指し示すものを光明という。

 

暗がりは暗がりである、というところに、智慧がはたらいておられる。

 

如来とは運動の概念である、と和田先生は仰っていた。

 

つまり、はたらきのことを如来と仰るのである。

 

南無阿弥陀