むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

無明を破る

無明の闇を破するゆへ 智慧光佛となづけたり

 

一切諸佛三乗衆 ともに嘆誉したまえり(浄土和讃

 

釈迦如来は、一切有情の苦悩の根本原因を「無明」の故にと仰った。

 

この無明は深淵であり、これによって、無始乃至今日今時に至るまで、

 

流転し続けるのであると仰る。流転とは死んでからだけではない、

 

常に我が心は六道を経巡っているのである。一時も休むことなく。

 

この無明を破ってくださるおはたらき故に、阿弥陀如来のことを、

 

すべての諸佛、声聞、縁覚、菩薩方が智慧光佛と褒め称えられるのである、

 

親鸞聖人は仰った。

 

佛法は対処療法ではない。生死流転の根治を教えて下さる法である。

 

法とは道理であり、摂理であり、普遍であり、平等であり、時間と空間を

 

貫くものである。南無阿弥陀佛とは出遇うものである、と有縁の先生が

 

たびたび仰ってくださる。そのことを味わうのである。

 

南無阿弥陀