むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

自力を尽くす

自力は他力の中において、はじめて全力を尽くすことができると思う。

 

滅ぶなら滅べ。死ぬるなら死ね。

 

出遇うべきもの、聞くべきものに今遇うことを得た。

 

念佛が本願海に何度でも何度でも呼び戻す。

 

われをたのめ、必ず助ける、と仰せ下さる阿弥陀如来

 

阿弥陀如来を通して、法性法身の無上佛に帰る。

 

信とは智慧である。智慧とは如実知見である。

 

如実知見とは即である。煩悩を煩悩と即、知見すれば菩提であり、涅槃の働きである。

 

菩提・涅槃はすなわち度衆生心である。

 

衆生心とはもろもろの衆生とともにという底知れぬ大悲である。

 

6年前の手帳を開いた。ほとんど変わっていない。

 

ただ明鏡止水のごとくと書いてあった。

 

当時、何か求めていたのだろうか?よくわからない。

 

今はただ自分に与えられた境遇とこの煩悩具足の身をもって、

 

佛法に体当たりしていくのみ。砕けるなら砕けよ。

 

無限大悲は砕けない。本願のはたらきそのものとなった人を菩薩という。

 

煩悩をひっさげて、浄土へ往生させられるばかりである。

 

南無阿弥陀