むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

無功用

達磨大師の言葉に、無所得があると聞いております。

 

曽我量深先生の言葉に、回向は表現であるというものがあります。

 

往生は表現であると僕は思います。そして、それを表現する人を

 

諸仏に等しい方々だと思います。そして、その方々は今も満ち満ちて

 

おられるし、これまでもそうであったし、これからも満ち満ちて

 

いかれます。

 

自利には限りがあり、利他に転換して初めて、無功用、無所得の

 

行が顕現します。七地と八地は全く別物であり、

 

七地にはまだ憂慮が残っているが、八地は諸仏のお力によって

 

広々とした本願海へ入れしめられる。執着に力点がはたらかない。

 

本願海の智慧の波によってすぐに遠くへさらわれ、見えなくなっていく。

 

まことに尊い大悲智慧のおはたらきに、深く礼拝致します。

 

どこまでも飽くなき実践が、本願の表現であり、

 

御恩報謝であり、法輪を転じていくことになりましょう

 

仏道は実践であり、娑婆は表現の場であり、十方衆生に出会い続けていく

 

大事な場所であります。

 

南無阿弥陀