むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

寛容さを培いたい

自分と違う価値観を認めてあげよう。

 

いつの間にか同一、

 

均一でなければ許されないような状況に

 

なっていて、とても窮屈で息苦しい。

 

常識、定説。慣習。はみ出したり、

 

遅かったり、違っていたりしてもいいじゃないか。

 

人知れず、存在を保つのは疲れるんだ。

 

苦諦。本当にそのとおりだと

 

自分は頷かざるを得ないんだ。

 

 

形式ばかりにとらわれて、

 

心がこもっていない。お互い心はあっても、

 

我執が曇って見せてくれない。

 

僕らは人間である、そうだろ。それが

 

いつからか冷たいまなこに染まって

 

しまい、僕は君をものとして見る。

 

だから、君も僕をものと見る。

 

痛ましく、悲しい。僕らは人間であり、

 

その前に存在なのだ。情をもつ存在が

 

衆生であり、有情であり、われらである。

 

 

たとえ自分と違っていても、最後まで話を聞こう。

 

なるほど、そういう考え方も

 

あるんだね、と云える懐の深さ、

 

おおらかさ、しなやかさ、柔らかさを

 

僕は持ちたい。

 

否定せず、自分の価値観を押し付けず、

 

最後まで、話を聞こう。

 

如来はまことにしなやかであり、大悲

 

そのものであり、帰るところである。

 

本当のふるさと、まことの理解者はただ

 

如来のみである。

 

南無阿弥陀