むなしさとともに

暗黒の最中、真実の声が聞こえ、道が定まる。この道を念佛往生という。南無阿弥陀佛

雑感

人間が救われるとは、

念佛を通して佛の底知れぬ真実なる大悲に出遇い、

まことの言葉、即ち、佛語と世間に含まれている、

佛からの暗号によって教化されていくこと。

即ち念佛往生が阿弥陀佛の救いのはたらきである。

暗号の概念はヤスパースも示唆して下さっている。

暗号とは言葉に限らない、場面や情景も含む

広いものであり、そこからも多々教化される。



往生とは名詞ではなく、動詞である。

止まっていない。動いているものである。


あるいは、道である。道が救いであり、

人間は道を求めている。求めずにはおれない。

真実にどうしても帰りたいから。

道も目的地まで続いていくものといえる。

無上正真道という。無上菩提。


この世界は酷く残酷で悲しい場所だと思う。


自分の手も、全身も、こころも、悪性に

染まりきっている。それと何もしないことは

別の話。血しぶきに染まっているからこそ、

一隅を照らしたいと願う。たとえ、成就せずとも。

ただ、ひたむきに徹する。何もしないことの

言い訳にはならない。体当たりしていく。


佛語とは血潮流れるあたたかで、

豊かで、かつ、徹底的に冷徹かつ、

透徹した言葉であり、

最たるものは南無阿弥陀佛である。

助からぬ機と助けずばおかない法が一体になり、

今此処で喚びかけて下さると善知識が教えて

下さる。


氷は水に浸されれば、水に一味となる。

溶けて一体となり、分かち難い。
 
影は光に照らされて影として浮かぶ。

木は木であればよい。メダカが

タイになる必要はない。

即ち、何かになろうとしたり、

繕ったり、加えようとせず、今、此処に居る

自分になりきればいい。


線香はその場にいれば衣服に染みつく。

身につけるには繰り返すしかない。

本当に身につけることを体解という。

煩悩はなくならないが、縁として念佛を申せば

佛縁に転じられる。転じてくださるのは佛の

智慧であり、不可思議な智慧である。


南無阿弥陀