むなしさとともに

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唯信佛語決定依行

愚禿のお言葉である。

 

ただ佛語を信じ、決定して行に依る(註釈版真宗聖典P522)

 

自分の場合、最後にとどめをさされたのは、佛説であるということだった。

 

凡夫の言葉ではなくて、佛のお言葉である。

 

そのお言葉が「無量寿佛の御名をたもて」ということであった。

 

即ち念佛せよ、ということである。

 

故にわが力及ばず、佛説と仰るのであれば、もはや従うより外なし、

 

という転換があった。

 

今はもうよろこびもどこへやら ただ如来の仰せに従うばかり

ただ称えただ聞くばかりで よろこびも用事なし ただ助けるとばかり聞く

 

ただ佛語を信じ、決定して行に依る。行とは即ち大行、無碍光如来

 

御名を称えることであり、称えれば必ずわが耳に聞こえる。

 

もし耳に聞こえることあたわずば、骨への響きを聞くべし。

 

その響きは、必ず助けるという御心であり、釈迦・弥陀の御心に

 

信順するまでに仕上げられたのが、一声の念佛であった。

 

どう思うとか、どう頂くとか、そんなものは用事なし。微塵もいらない。

 

ただくちに称え、耳に聞こえるこの念佛が、

もうすでに本願のおはたらきになっておられる相だとは、知らなかった。

 

南無阿弥陀