むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

悲しみの大地を踏みしめて

極重悪人唯称佛(正信念佛偈)

 

自分自身は決して助からぬ存在であり、

 

無有出離之縁と釘を打たれている。

 

だからと言って、自分だけの救いに留まる

 

ことはできない。そんなものが何になる。

 

見よ。この悲惨で悲しみと嘆きと疲労

 

空虚と差別と崩壊に満ちた眼前を。足元を。

 

何処にも助かった者がいないではないか。

 

念佛を頂いた者は信心を具体的現実に

 

表現し相を現し続ける責任がある。

 

相を現さなければ、浄土を如来を証する

 

ことができない、即ち衆生に届かないからだ。

 

どんなに些細なことでもいい。

 

空き缶を拾う。柔らかいことばをつかう。

 

耐え忍ぶ。学ぶ。試す。機縁の整った者には

 

専ら念佛を勧め、自身も専ら行ずる。

 

善知識に教えを請う。

 

これが具体的相の一欠片である。今自身が

 

試している現実である。

 

凡夫から逃げない。正面から立ち向かう。

 

悲しみを悲しみで終わらせない。

 

いのちを、煩悩をあとずさりなく、

 

燃やし尽くす。これが現世利益である。

 

課題を、問を生き続ける、途中で生き倒れて

 

も微塵の差し障りあることなし。

 

何も問題ない。今すでに往生の中にある。

 

往生は始りがあったならば、

 

必ず遂げられる。必至滅度。

 

南無阿弥陀