苦悩、すなわち思い通りにならないこと。
これに対峙した時、逃げたくなる。恨みたくなる。
言い訳をしたくなる。他者のせいにしたくなる。
つまり、自分の問題だと背負いたくないのだ。
あまりにも問題が重すぎて背負いきれない。
そうすると、不平不満、愚痴、悪口が溢れ出す。
観察するとよく見える。
一歩引けば構図が見える。
問題は何も解決しない。一歩も前に進まない。
宿業という言葉がある。これは、今を自分の
迷いの歴史の最先端と認知する智慧の言葉である。
本願とは宿業を背負い切らせてくださる、
大地であり、かつ、足である。
この足は砕けない。くじけない。ただでは
転ばない。転んだところに光を見出す。
恨むことなかれ。比べることなかれ。
怒ることなかれ。
如来汝とともにまします。
このことがまことであり、この大悲はあらゆる
人々と有情に絶え間なく分け隔てなく、常に
降り注いで下さって、今、ここに念佛にまで
なって、そのすがたをあらわして下さる。
まこと無限大悲。本当に尊いことである。
恨みと不安を消化する。自分で終わらせる。
次に繋がない。踏み堪える。堪えきる。
大地が踏みとどまらせて下さる。
このことが念佛往生の真髄だと思う。
もしも、苦悩に涙を流し打ちひしがれても、
念佛を申しつつ、生きていく人がいるのならば、
その人はまことの人でありましょう。
「一隅灯照の人類の宝であります」
藤谷秀道先生の言葉を思い出すのであります。
大悲無倦常照我身
南無阿弥陀佛