むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

一切の悲しみが尽き果てるまで

これが自分の願いであります。

ずっと見失っていた願い。

埋もれていた願い。

むなしさは願いを見失っている証。

願いを持って、諸人と、衆生と共に生きる。

心をすがたに現す。

やっと願いを奪い返すことが叶った。

あとは、具体的現実において、願いを

表現していく術を求めていけばいい。

往生とは現実生活における実践である。

苦しみを通して、教えの真実性を確かめ、

念佛に帰る。反復し、いよいよ助からないことも

証されていく。

故にただ阿弥陀佛をたのむばかりである。

真の浄土真宗は無限なる反復である。

端的にいえば、真に優しいひとになりたい。

そう思うのです。もう誰も、何も奪いたくないし、

傷つけたりしたくない。こういうことです。


自分が傷つくのはいい。でも、自分のせいで誰かや何かが

傷ついてしまうのは、それ以上に耐え難く悲しい。

そういう一切が尽き果てることを祈っている。


南無阿弥陀