むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

一途に大悲を聞く

お西、お東、仏光寺派、高田派、興正寺派。

浄土真宗には色々な宗派がありますが、

個人的には、何派だろうが、関係なくて、

大悲を説いて下さる方であれば、足を運ぶので

あります。たとえ他宗の方でも構わない。

ある先生から聞かなければ信心は起こらないとか、

土蔵秘事とか、全く用事がない。
   


如来の光明は無量無辺であり、遍く一切を

摂取せしめんものである。

どうして特定の人、特定の場所、特定の集団のみ

光明が照らすというのだろうか。


全く大悲を曲解している。



無分別智、無窮の大悲。本願の念佛。


底知れぬ大悲の表現が念佛なのである。

念佛のすがたをとってまで助からぬ自分を

必ず助けると立ち上がって下さり、今の今まで

育て続け、待ち続けて下さった大悲、

南無阿弥陀佛のいわれを聞くのであります。

聞こえたからには、もはや、疑おうにも

疑えない、それが如来の大悲であります。

佛様だけは決してわれらから離れてくださらぬ、

見捨ててくださらぬ、逃げるものを追わえとり、

ひとたびつかまえたら二度と離してくださらぬ、

その御心を摂取不捨と

親鸞聖人は仰っしゃりました。



南無阿弥陀