むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

苦の存在たる事実

苦とは、思い通りにならない、ということ。

すなわち、形を持つ存在は微塵の例外なく、

一切が苦の存在である。

無常を免れるものあらず。

移り変わっていく定めにある。

われも、かれも、かのじょも、一人も免れること

あることなし。

この事実から目を逸らさずに、凝視する。

わが現実、即ち煩悩に沈没した生活を直視した

時、必ず地獄に行くよりほかに道なし。

地獄一定すみかぞかし、と親鸞聖人は述懐された。


その存在とは、誰のことか?


わがこと、我が身のこと。

だからこそ、汝我が名を称えよ、必ず往生させん、

と南無阿弥陀佛と仰るのである。

もはや、道はない。称えよの仰せに、

そのまま呼応するよりほかになし。

称えて助かろうなどは、余裕がある人の話で、

もう自分には全く余裕はないのである。

南無阿弥陀