むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

わが存在の滅尽を望む

僕個人について、述べる。

 

他の方には一切関係なく、僕いちにんの

 

主観的雑記である。

 

僕は生存していることそれ自体が、

 

とても悲しく、痛い。

 

他者から奪わずにはおれない。

 

有情を食べなければ生きていけない。

 

都合の悪いひとを邪魔であり、無能なひとと

 

しか見れない。他者の苦悩、悲しみを

 

わがことのように感じれる感受性がない。

 

結局、自分が特別扱いされることに

 

喜びを感じている。

 

すなわち、全くの凡夫の心身を具足して

 

いる助からない存在であるということに

 

帰結する。

 

脆弱な存在であり、痛ましいと思う。

 

 

ただ、こうも思う。

 

過去との未来の自分の流転を背負っている

 

故に、今ここに存在する自分がここまで

 

痛ましいのかもしれない、と。

 

ファイナルファンタジー10ティーダ

 

いうキャラクターを知っているだろうか。

 

彼は夢を終わらせる夢なのである。

 

そして、彼と全く同じ意味を自分が負って

 

いると本気で思うのである。

 

 

だから、僕はこう思う。

 

自分で自分を終わらせる、と。

 

最期の自分がオレであると。

 

今往生の中にあり、その証が今ここに称え、

 

耳に聞こえて下さる南無阿弥陀佛の信心。

 

故に決して助かりようのない自分は、

 

どうあがいても、往生を遂げられてしまう。

 

 

悲しみや痛ましさやあさましさ。

 

変わらぬ惨めな現実に沈み切っているけれど

 

目は光を失わない。

 

これで最期であり、終わらせる、と。

 

 

過去と未来の自分が叫びをあげている。

 

助けてくれ。苦しくて、寂しくて、

 

痛いんだ。でも、どうしたらいいか、

 

わからないんだ、と。

 

今ここにいる僕はいう。

 

念佛せよ、と。

 

この一声を聞くばかりだ、と。

 

迷いを迷いと知ることが離れることだ、と。

 

凡夫は凡夫にあらず(金剛般若経

 

今も迷いの只中である。

 

自然に終わることが滅尽だと感じる。