むなしさとともに

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分断と結束

コロナ禍がどちらをもたらしたかと思うか、

 

というものを見た。

 

分断か結束か。

 

 

個人的には、分断だと思う。

 

人が集まることを媒介とするため、

 

分けざるを得ない、

 

距離をとらざるを得ない。

 

 

聞法会のありかたも、明確に目処がつくまで

 

変えざるを得ないだろう。

 

対策にかける時間と手間と物資はコストに

 

なる。 

 

教養、金融リテラシーが高い人、そうでない

 

人の格差の拡大。

 

予約していたライブもキャンセルとなった。

 

物資の欠乏も起こった。

 

さるべき業縁のもよおさば

 

いかなるふるまいもすべし。このお言葉を

 

思い出すことも多かった。

 

そして、もうコロナ禍を気にしないような

 

株価の動き。

 

事件を利用した暴動と窃盗と破壊。

 

 

ここから何を得たのか、得るのか。

 

結束というか、自分的には、連帯という

 

言葉がしっくりくるが、そういう道が

 

あるのだろうか。

 

到彼岸。

 

もともと分断していたことが、より、

 

鮮明になったという感じがする。

 

個人として、聞法する者として、

 

どう関わっていけばよいか、まだわからない。

 

方向としては、微かなことであっても、

 

できることを具体的に行う、ということだ

 

と思う。単なる批評家に陥らぬように。

 

具体的に行うとは、いわゆる、

 

六波羅蜜のような姿をとるだろう。

 

そこには、幾ばくの自制と忍耐と痛みが

 

伴う。そうか、これは表現の問題か。