むなしさとともに

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称名必得生依仏本願故

称名必得生依仏本願故というは、御名を称するは、かならず安楽浄土に往生をうるなり。仏の本願によるがゆえなり、とのたまえり。

(尊号真像銘文 親鸞聖人)

 

この文章の前に、このようなお言葉がある。

 

正定之業者即是称仏名というは、正定の業因は、すなわちこれ仏名をとなうるなり。正定の因というは、かならず無上涅槃のさとりをひらくたねともうすなり。

 

仏名を称えることは、仏様が選んで下さった行いである、ということ。

 

すなわち本願に順ずる、相応するが故に必ず安楽浄土に往生をうるのだ、と。

 

以前、頂いた冊子をそのままにしておいたのだが、土日で目を通した。梶原敬一という先生のお言葉があった。

 

逃げても逃げてもお浄土を荘厳してしまうということです。逃げられません、お浄土からは。

どんなに逃げても浄土から逃げられないんだということを自覚すると強さが生まれてくるのです。

 

こういうお言葉が、諸仏のお言葉だと思う。

 

皆一人残らず往生してしまうのだ、本願のお

はたらき故に。

 

辛いとき、悲しいとき、思い出してほしい。

 

僕もそういうものを今も引きずっているよ。

 

でも、そこが唯一、共に、ということをひらく大事な場所です。

 

苦悩が共振する。共に難儀を抱えた者なのだなぁと。

 

ときが至ったとき、念佛が本当に透徹し、

信心となって下さる。

 

そこから、真の道が始まる。人間には、そういうことが起こるのであります。