むなしさとともに

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善悪の差異

人と人が衝突し、摩擦が生じる理由は、

 

善悪だと感じた。

 

人によって、善悪が違うのだ。

 

常識だ、と思っていることが違う。

 

自分と違うことをする人に対して、違和感を

感じる。そのことを許せないというか、

我慢できないというか。

 

いろいろなことを学ぶにつれて、人が色々なことによって形成されることを知らされる。

 

似ている人も居るだろうが、そうでない人の方が圧倒的多数のはずなのだ。

 

できる人もいれば、できない人もいるし、できるのはそれが当然に行われている環境にいたからできるのであって、

 

それがない環境であれば、考えることも経験することもないのだから、できなくて当然だ。

 

ただ、その人がそうなってしまったのは、その人が育ち、学んできた環境、人に依るところが大きいはずだ。

 

そうすると、結局、何が正しくて、何が間違っているのかは、わからないのだ。

 

そして、故に、自分と違う人との差異を許容

する、せざるを得ないと思うのだ、

 

 

仏教に帰依するということは、自分が必ず正しいという錯覚をへし折られることと、言っても差支えないと思う。

 

それくらいのことがなければ、自分自身を顧みることもないのが、実際の現実だろうか。

 

やはり人間であることは、とても苦しいと僕は感じている。