むなしさとともに

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大悲の願船

しかれば、大悲の願船に乗じて光明の広海に浮かびぬれば、至徳の風静かに衆禍の波転ず(東聖典p192顕浄土真実教行証文類行巻)

 

南無阿弥陀佛とは、大悲の願船である、と親鸞聖人は仰られている。

 

船とは岸から岸へ渡してくれるものである。

海を渡るのは船の力で、その船に乗る人の力ではない。

 

極重悪人は極重悪人のまま、船に乗せられて岸へ運ばれる。

 

極重悪人の自性は極重悪であり、何か違うものになるわけではない。むしろ、極重悪人に極重悪を見せつけて下さるはたらきが大悲の願船の智慧である。

 

念佛できるような身ではない。念佛申させてくださるはたらきこそ、実在のはたらきであり、一声の念佛のところに大悲の願船が来ているではないか。

 

今ここで、聞こえて下さる南無阿弥陀佛に助けられるよりほかに道あること無し。

 

こういうことを明確に教えて下さったのは、木村無相さんである。かたじけないことだと思う。

 

木村無相師法談

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徹底した御本です。

 

 

南無阿弥陀