むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

ただただ心をこめて

自分は、いったいいつまで生きられるのか、

 

自分の未来は、どのようになっているのか、さっぱりわかりません。

 

死んだら、どうなるかもわかりません。

 

考えても、何も答えがでません。ただ、阿弥陀さんに任せるばかりです。

 

だから、自分はただ、今、目の前にあることに

向かって、やれるだけやる、しかないと思っています。

 

なぜなら、過去も、未来もなく、ただ今しか、自分にはないからです。

 

ある先生は、寿命一秒、とおっしゃっていたようです。

 

そして、自分には、自分の行動が正しくて、他の方の行動が間違っているとか、

自分が間違っていて、他の方が正しいとか、そういうことに関して、

根本的に無知です。わからないのです。

 

また、お念仏が無上の功徳を備えたものなのかどうかも、わかりません。

 

でも、ただ念仏申せと阿弥陀さんがおっしゃるのであれば、はい、と

 

子どものような、気持ちで、なんまんだぶと申す以外になにもできないのです。

 

なので、最近は、目の前のことを、できるだけ、心をこめて取り組もう

と思っています。それで、間違えたなら、ごめんなさい、と謝り、

うまくいったら、おかげさまで、と感謝する、それだけで、十分ありがたいなと

思っています。

 

今は、与えられた今だと思います。わたしのものではありませんので。