むなしさとともに

悲しみが尽き果てるまで共に在る twitter https://twitter.com/oujouwogosuru?s=09 

2016-03-01から1ヶ月間の記事一覧

平等

人間は平等。 何が? 命を欲する前に、命を与えられていること。 無常の世界に存在していること。 自分は、凡夫という事実を身体を通して、自覚しうる存在であること。 願うより、先に願われている、信じるより先に信じられている存在であること。 それは自…

暫くゆっくりになりそうです

こんなブログに来て下さり、ありがとうございます。 これまで、思うところを書いてきたのですが、少し考えながら、 確かめていきたいと思いまして、更新の頻度は落ちるかと思います。 まぁ、落ちた所で何もないのですが、自分自身、改めて、ゆっくり、 先生…

追記あり 大道を体解する

自分自身のわが身について。 この身体は、根本的に、仏の教えに背き続けなければ、 維持できない構造、性(さが)となっているように思えてならない。 貪らなければ生きられない。役に立たない、と分かっていても、 ほしい。渇愛が止まない。 理解できない、…

何もなくてもできること

足るを知る、ということ。どんなに豊かな暮らしを送っていても、 その心が、幸せだと感じることができなければ、それは幸せとは云えないだろう。 その逆も云える。どんなに貧しくても、笑顔ですごせて、感謝できるならば、 その人の心は豊かだと思う。 でも…

今、自分を受け止めたい

自分は仏に成りたいという心も、よくわからない。 浄土に往生と言われても、よくわからない。 自分にとって大事なのは今なんだ。今しか自分にはないんだ。 死んだ後のことじゃなくて、今、自分が存在している、現在が大事なんだ。 梯実円という先生が教えて…

今、ここで、わたしに

今、ここで、私に届くものでなければ、満足できないし、間に合わない。 それを間に合わせるための、声、言葉の如来となられた。 これを念佛と申し、南無阿弥陀仏と申すと頂く。 仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔(讃仏偈) 法蔵菩薩の苦は、誰の何のため…

浅ましい故の弥陀の本願

言葉では、とても言い表せない浅ましさを抱えている。 自分には、他人を思いやり、他人の痛みに心を通し、ともに傷む、 涙を流す、そういう感受性、共感性が全然ない。 本当に自分だけよければ、わが身だけよければそれでいいのだと思う。 そういう浅ましさ…

本当にありがとう

ずっと自分を憎み、軽蔑してきた。 自分自身を許すことができなかった。 自分の人生は、そういう歩みだった。 すべてがむなしく、無意味に感じ、 他人の痛み、想いに心を馳せることなく、 自分のことばっかり、それ以外に心にはなかった。 その結果が、むな…

私を変える力

柔らかいことは、堅いこと。 堅いことは、柔らかいこと。 しなやかであり、凛としている。 川の流れのように、石の形に身を任せ、障りをかわす。 哀しみも、孤独も、現在の一切は過去の自分の足跡。 自分を許し、与えられた今に感謝する。 そこには、自分の…

背景

写真には、背景がある。 物事にも背景がある。背景とは、動機であり、原因を指す。 大地がある。 空がある。 必ずそれを存在たらしめているもの、支えているものがあって、 自分が在る。 自分が在って、大地があるのではなく、先に大地がある。 自分はずっと…

夢告の意味

親鸞聖人の夢告の意味が、曖昧な感じだった。 実感に乏しく、ピンとこなかった。 往生要集を拝読し、身に堪え、実感が伴った。 罪人は地獄で、獄卒に叫ぶ。何ぞこれは、なぜ私は、こんな目に遭うのかと。 獄卒は答える。 汝は、造悪の業因によって、悪果を受…

無常と本願力を想う

気がついたら、3月11日。 無常が大勢の人にいっぺんに押し寄せてきた日。 それに対し、同情や追悼の心が続かず、毎日の自分の有様にしか、 関心を示せない自分は、一方で生かされている。 今生は、道理に合わないことが沢山ある。 いくらまじめに生きていて…

木村無相翁

自分が生まれて間もないころに、ご往生された方なので、 面識はないが、残された詩抄を拝見して、ひっかかったことがある。 そのままで(題名) 信者になったら おしまいだ 信者になれぬ そのままで ナムアミダブツ ナムアミダブツ 仏法を聞かせて頂いても、…

受け止める②

受け止めるということを、聞かせて頂くご縁にあった。 受け止めるということは、 自分自身が、ひとりで生きられるものではなく、 様々な人、もの、支え、営みの中で、生かして頂いている、 存在させて頂いているという事実に気づく、ということ、だと。 むな…

今生の意味

信心とは、仏性であると教わる。 本願の名号の因、光明の縁が和合円熟し、 仏性が備わると味わう。 信後の命がある意味は、すなわち、一人でも多くの人と縁を持つ、 ということなのではないか、と思った。 今生の縁が尽きると、浄土に往生し、仏に成れば、一…

諸仏称名の願成就

今日も良きご縁頂いた。 その方は直接お会いするご縁はなかったけれど、 その方の育てた先生から教えて頂いている。 今生の命が終わっても、今もなお、影響を与え続けている。 御縁を頂く度に、お念仏への気付きが、より深められるような そんな気がする。 …

受け止める、許す

受け止める。 この言葉が引っかかる。 何を受け止める? 現在の自分を、自分の有様を。 目を逸らさず、ようこそと受け止める。 浄土真宗の救いとは、 過去の歩み、自分自身の存在全体を許すことかもしれない。 その受容、許容は、無量寿、無量光を根源とする…

因果の道理ってわかるのかな

何を以って善とし、何を以って悪とするのか。 本当に汝の行は、善といえるのか?と問われている。 自分を基準にした善、悪はその時々、感情、条件、立場に よって常に虚ろう。これを虚仮、不実の行と親鸞聖人はおっしゃったのではないか。 本当にそれは善行か…

何の力もないからこそ

目の前で泣いている人が居ても、その人の悲しみを 自分の悲しみとして、受け止めることができない。 少しは理解してあげられる、あるいは、 理解したいと思っていると、思っていた。 でも、自分には、その共感性、感受性が、まったくない。 少しある、ことと…

追記あり 生きてよし、死んでよし

浄土真宗、親鸞聖人の教えは、 本願を信じ、念仏を申さば、佛に成る、と頂きます。 現生では、本願力によって初歓喜地、不退転の身とさせて頂き、 娑婆の縁の尽きたとき、浄土へ往生し、佛と成らせて頂く。 苦しい、つらい、現実をさしおいて、 浄土へ往生し…

言葉

言葉はとても危ないものだと思う。 なぜなら、その言葉の意味づけが、自分ではなく、 その言葉を聞く相手に決定されるからだ。 ゆえに、何気なくつぶやいたことで、 苦しみを与えてしまうことがあり、 やる気、生きる気力を与えうることもある。 基本的に、…