むなしさとともに

悲しみが尽き果てるまで共に在る twitter https://twitter.com/oujouwogosuru?s=09 

2017-08-01から1ヶ月間の記事一覧

第十八願の心

もし、十方の生きとしいける者が、たった十声なりとも、 わたしの名を称えて、わが浄土へ生まれることがないようならば、 この法蔵は決して如来には成らない。 たった十声なりとも、わが名を称えた者を、決して見捨てない。 必ずわが浄土へ往生させる。 称え…

大乗の魂

安田理深先生のお話(浄土の教学:東本願寺出版のCD)の中に 「大乗の魂」と云う言葉があった。 この言葉を自分なりに味わうことは、 あなたが助からなければ、私も助かりません、ということ。 十方衆生とは、あまたの衆生ではなくて、そのいちいちの衆生、 …

力が入っていたなぁ

3月ごろある座談会にて、何とか伝えられないか、自分が頂いているところは 伝えなければ、と思い、ずいぶん力が入ってしまっていた。 結局は、自分が分かっているつもりになってしまうのだと思う。 今はどうやと言われれば、今もそうなのかもしれない。 た…

金剛心は如来の心

逆らわずに、素直に任せるは、随順の心。 過ちを認め、恥じるは、慙愧の心。 この心、わが心にあらず。これ如来がわれらがために成就し、 回向してくださる、如来の心。 この心、不壊不滅常住につき、金剛心と申す。 念佛の声を通して、如来の無限大悲が、わ…

ひたすら聞く、教えを請う

お念佛は聞きものです。称えるということは、そのまま聞くこと。 尊敬する先生がよく仰ることであります。 ただ念佛して弥陀にたすけられまいらすべしとよきひとの 仰せをかぶりて信ずるほかに別の仔細なきなり(歎異抄第二章) この言葉が真実であることを…

即とはそのまま、ということだと思う。 八地以上の菩薩はこの境地を実現するという。 聖徳太子、あるいは華厳経、十地経の教えから伺うに、 七地と八地の間にも断絶があるらしい。 藤谷先生はよくお話や書物の中で、七地沈空の難ということを 仰っている。 …

浄土の教え

もしも自分に世間との違いがあるとすれば、 それは念佛ひとつで事足りるということだと思う。 世間のことに埋没したい、うまくやりたいという思いは 今も頭を離れない。 けれども、それは本当に大事なことではないと 薄々気がつきつつあって。 それはきっと…

佛名をたもて

親鸞聖人の仰せは、ただ佛名をたもて、これだけ。 自分の心に尋ねるのではなくて、親鸞聖人に尋ねればいい。 釈迦如来、七高僧、親鸞聖人、蓮如上人、有縁の先生。 一貫して仰るのは、佛名をたもて。 これ以外に諸佛善智識が仰るべきことはない。 自分も本当…

最初から憑みにしない

ひとは、業縁存在である。 どんなに素晴らしいひとであっても、 どんなに仕方のないひとであっても、固定的な存在ではない。 因は無量永劫の生をもって、具足している。 縁は選ぶことはできない。このことを煩悩成就、緊縛と仰られるのではと思う。 思い通り…

電車の中で

電車の中で隣に座った学生がプリントを持っていた。 初期仏教の何とかかんとか。 ちらりと見る。 『中道』の文字。 佛さんのお育てはすごいもんだなぁ。わらけてくる。 佛さんは「それ」になって語りかけてくる。自身は法身なので、 あえて「それ」や「だれ…