むなしさとともに

悲しみが尽き果てるまで共に在る twitter https://twitter.com/oujouwogosuru?s=09 

2022-01-01から1年間の記事一覧

《われら》ということ

この7年余り、先生方から教わってきたことを自分なりにまとめますと、 《われら》に尽きる、と考えます。 《われら》は(かれら)に対する言葉ではありません。《われら》は汝であり、《われら》の一人として《われ》が成り立ちます。 《われら》とは如来に見…

取り急ぎの感想

研修会が終わり、ほぼ一週間が過ぎました。 いやぁ、あっと言う間ですね。 まず、研修会を終えた気持ちを整理しておきたいと思います。 無事終わって良かった。これに尽きます。 何事もなく最後まで終わったことが大切で、幼い頃〈開会式〉がある意味が分か…

行と大行

日常が慌ただしく、深く思考したいことは特にない状態です。 現在の課題は、現実とどう対峙するかに尽きるので、ここに解釈や意味が介在する余地はありません。 正直、毎日、体当りし、行、即ち、自分にできることを重ねているだけなのです。 但し、行と大行…

研修会について

今回で六回目を迎える研修会の案内をさせて頂きます。 テーマは(当事して聞く)とさせて頂きました。 恐らく(当事する)という言葉は、ほとんど用いず、聞かない言葉だと思います。 しかし、僕自身は、このことは、非常に大切なことであると考えています。 問…

7年が過ぎました

僕が(むなしくない)というタイトルで、このブログを始めたのが2015年11月1日でした。 そこから、はや7年ですか。。 続けてこれてよかったなと思い、筆をとっています。 実は、転職して一ヶ月からブログを始めたので、今の職場に務めてからとほぼ同じ…

本当は何もわからない

10月に入り、仕事そのものは少しずつコントロールできるようになりつつあります。 ただ、ブログをアップできるほど、考えがまとまらず、雑多な感じなのですが、少し書いてみようと思います。 右は左で、左は右なのだ。 ふと昨日電車の中で思いました。 降り…

今、道場に入門している

自分の生業は、経理です。 5月末が確定申告になるため、4月5月が繁忙期になります。 9月は繁忙期並に忙しかったので、さすがに疲れましたが、何とか無事終わりました。 そのことを書き残したいと思います。 ①引き継ぎ ②企画、予算の確保、他部署とのやり…

具体的にかかわること

この頃はあまり心境に興味がありません。 自分の周りの現実に対して、どう向き合うかが大事であって、現実を外側から批評しても意味がないと思うのです。 確かに理不尽で、歪なことは山のようにあります。 批判したり、不満をもらすことは簡単なのです。口を…

摂取不捨の利益

仕事が更に忙しくなってまして、かつ、諸事情で自分のペースで進めることができません。 再来月からは恐らく落ち着くと見込んでいます。 このブログのタイトルにあるように、僕の人生における課題は、 胸に去来するむなしさからどうすれば脱却できるか、 言…

むなしさは何処から来たるものか

僕の人生における最初の問題は(むなしい)ということでした。 この(むなしい)ということを改めて考えると(むなしさに気づいてしまった)といえるかもしれません。 他者から見ると、別に不自由なく、いわゆる大切に育てられたのかもしれません。実際、そ…

課題の変質

更新頻度が落ちておりますが、何とかやっております。 Twitterは思いついたことを即座に文字化できるので、ブログを書くための時間が取りにくい昨今、Twitter中心です。 さて、最近考えていることを。 一所懸命行ずるしかない、ということ。 結局は孤独であ…

大人になるということ

暑うなってきましたね。夜中も冷房入れてないと眠れない日々です。熱中症、コロナ、くれぐれもご自愛下さい。 当方が職場で(普段)気をつけていることは次の通りです。 高性能マスクの着用(KF94)、 石けんによる丁寧な手洗い(爪、手首、表裏)、 ドアノ…

僕らに共通するもの

いしかわらつぶての如くなるわれら、という言葉があり、阿弥陀仏の本願の対象は十方衆生と云われます。 時に、現実では、僕らの言葉や思いが間に合わない出来事が起こりますし、身に覚えのない理不尽がこの身に降りかかります。 その時に思うわけです。何だ…

不動地に対する考察

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/31/1/31_1_126/_article/-char/ja/ 真宗では往生の道程をあまり聞かない。 歓喜地は出発点であり、到達点ではない。 まだ先があり、その深さは底知れない。 十地経というお経があり、僕自身はこのお経から大き…

僕らは、現実の中に居り、生きている。 生きているというよりも、生かされているというか、それぞれの身という、居り場を与えられているのかもしれない。 いのち、は自分の所有物ではないし、この身も所有物ではない。 いのちの中に、自分を形成するはたらき…

小さなレジスタンス

最近、よく考えることがあります。 それは(一線を引く)ということであり、この意味は「明確に分ける、区別する」ということです。 ふと、思うのです。 この世には(変えられること)と(変えられないこと)がある、と。 (変えられること)とは、(自分は…

(はたらき)ということ

大悲とは名詞でなく、動詞であろうと考えます。 つまり(はたらき)であります。 傍観者ではなく、当事者になろうと動く。はたらきかけていく。 事の大小はあるでしょうが、自分の持ち場、役回りの中で、やれることをやっていく、ということです。 善悪はあ…

ふりかえり

6月に入り、ようやく繁忙期が終わりました。 3月からなので、足掛け3ヶ月くらいでしようか。ようやく落ち着きつつあります。 このブログは、むなしさとともに、という名前です。主な内容は、真宗について、であり、思いますことを綴っています。 始めたの…

現実への向き合い方 評価について

今年は全然筆が進まず、遅々としていますが、最近思いますことを。 僕は勤め人なので、企業に属しています。企業は組織なので、様々な方がおられます。部署間の利害関係、人間関係、指示命令系統や役割と責任の曖昧さ、色々な要素を含んだ組織です。 様々な…

もう一度出発する

おはようございます、こんにちは、こんばんわ。ナナシです。 まだ完全ではないのですが、マイルストーンを迎えたので、今、考えていることを少し書いてみたいと思います。 ここは娑婆であり、決して浄土ではないし、浄土にもならない。 自分は全くの凡夫であ…

暫く休みます

最近はとても仕事が忙しいため、更新も滞っています。 その中でも時折見に来て頂いている方がおられるみたいで、ありがとうございます。 僕が言いたいことは、一つだけです。 わが名を称えよという如来の常の仰せに従い、今ここで念佛を申すだけであるという…

苦悩の起点 善知識に遇えないということ

結論をまず先に。 善知識はいないのではない、自分に善知識を見出す力がないから、見えない。 時節到来ということがある。機縁が熟して露わになる、気がつくということ。 これを自分なりに表現し、苦悩の起点の考察を終わる。 僕は空虚であったので、意欲が…

苦悩の起点 比較

はや3月ですね。時の経過が驚くほど早いです。 4月から5月末まで繁忙期に入るので、体調も含めて引き締めていく必要があります。 さて、僕の苦悩の起点の一つに、比較があります。このことを僕なりに考えます。 僕は、物心ついたときから、むなしいという…

続 現実へのかかわり、柔軟心成就

以前にブログに書いたことの顛末です。 端的には、希望する人がおらず、頓挫した、という結果になりました。 力不足です。これはこれ。 大事なことは(次)はどうするか?です。 いつまでも同じところに留まれる時間はありません。 時は不可逆的ですから。 …

苦悩の起点 むなしさ

https://twitter.com/oujouwogosuru/status/1493733589007036416?t=gBqwLV1YXWFsEFMP_YRn3A&s=19 むなしさ。 これが自分の苦悩の起点、出発点です。 物心ついた、記憶の始まりは幼稚園の頃です。 折り紙をみんなで折っていました。 僕は、チューリップしか折…

返本還源

https://twitter.com/oujouwogosuru/status/1489889341157511169?t=YjA-aj6Kq6C7zTwg5enVPA&s=19 ツイートしたことをもう少し掘り下げます。 年末以降、オミクロンの影響で有縁のお寺にもお参りできておりません。 法縁はZOOMが大半で、月に二度、読書会に参…

仏様に信じられているということ

最近、あまり更新せんくてごめんなさい。 長文を書くのが億劫になってきたのかもしれません。ツイートは割としてるので、もしTwitterをされておられたら、ご覧頂ければ幸いです。 アクセスログを見ると、なぜかアクセスが集中する時があるのですが、謎現象で…

「伴なるわれら」と【念佛往生】

信仰は硬直してはならない、確固とすべきである。硬直した信仰は狂信的となり、確固とした信仰は寛容である。信仰の確固としていない人は硬直したドグマに両手ですがりつく。これに対して確固たる信仰をもつひとは両手は自由で、その手を他の人々にのばし、…

【続】ということ

年が明け、何となく頭によぎったのが、【続】という言葉です。 この言葉を2つに分けて考えます。 ①続けるということ ②続いていくということ ①【続けるということ】については、この数年続けてきたことを、更に継続するということです。まだうまくいえないの…