人身受け難し、今すでに受く。
佛法聞き難し、今すでに聞く。(三帰依文)
東夏・日域の師釈に、遇いがたくしていま遇ふことを得たり、
聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。
真宗の教行証を敬信して、ことに如来の恩徳の深きことを知んぬ。
ここをもって聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。
(顕浄土真実教行証文類 総序)
如来の教えはただ一つ。仁者、一心に弥陀をたのめ。たのめば必ず往生す。
弥陀の勅命はただ一つ。汝、我が名を称えよ。必ず救う。
救うの中身は、助からぬ汝よ、我が浄土へ必ず往生させる。
我が名を称えるばかりで必ず救う。どうか助けさせてくれ。
この心は、欲生我国。もしで往生させることができなければ、
我は阿弥陀という佛にならない。
弥陀成佛のこのかたは いまに十劫をへたまえり
法身の光輪きはもなく 世の冥盲を照らすなり(浄土和讃)
冥盲とは私の事です。
法蔵比丘は阿弥陀如来と成られた。そして、名号となり、
今も常に説法したまう。
つねに大衆のなかにして、法を説きて獅子吼せん(重誓偈)
親鸞聖人は、今遇うことを得た。すでに聞くことを得たと慶ばれる。
釈迦如来が世に出られ、弥陀の本願を説いて下さり、
いまお念佛を申す身を頂いた。ことに如来の恩徳の深きことを知んぬと仰る。
ここをもって聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。
孤独も不安もむなしさもともにお慈悲に慰められ、
ただ称えよの仰せとともに今日を生きたし。
本願とともに。南無阿弥陀佛