むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

本願に出遇うまで⑤

5.出会い

 

自分にとっては、あの出会いがあったから今がある、

そう云える出会いがいくつかある。本当に大切な出会い。

 

真宗とのご縁を頂いた出会いもその一つであった。

今あの人は何をしているか、存じ上げないが、真宗の教え、

親鸞聖人の言葉との最初の出遇いがその人を起点にしていることは

間違いがない。だから、その一点において深く感謝している。

 

また宗教的原風景があるとすれば、

それは祖父と一緒にお地蔵さんに灯りをともしにいったことだと思う。

佛縁の最初の縁だったかもしれない。

 

夕暮れに二人で橋を渡って、お地蔵さんのところへ連れて行ってもらった。

祖父と沢山会話した思い出はないけれど、本当に大切にしてもらったと感じる。

今は祖父のことを地蔵菩薩の化身だったと思っている。

言葉に出さなくても、佛法を教えてもらった、心に深く刻まれたのだと思う。

 

幾ら物を重ねても豊かにはなれない。物は互いに分け与えるものである。

金は絶対ではない。大切なものはこれではない。

 

一言もこんなことを教えられなかったけれど、

身を通して教わっていたのだなと今振り返って、改めてそう感じた。

 

ただ自分自身にはまことを求める心が全くなく、

専ら自分の都合を貪る心しかない、浅ましい身であるということは

事実であり、常にここが汝の居場所であると本願によって戻される。

 

繰り返し、繰り返し。波が絶え間なく繰り返すように。

そこには悲しみが伴う。そして、すぐに忘れていく。