他の方はともかく、自分については、救いとは無縁である。
どうしても自己中心性を離れることができない。傷つけ、裏切ることしか
できない。嘘と偽りだらけである。
わが身わが心を諦かに見る。救いはどこにもない。どうにもならない。
そこに、一つのよびかけがある。
汝の業障の身、煩悩成就の心に一切何も期待しないし、要求はしない。
我が名を称えよ。我が願力にて、必ず汝を我が浄土へ往生させる。
口称の本願。本願に相応する故に、何度でも如来の一念に
引き戻す。往生には始まりの一念があり、遂げられる一念がある。
信の一念、臨終の一念。
救いはどこにもない。どうにもならない。どうにもならないことは
どうにもならないと見る。これを如来の如実知見というのだと思う。
そして、これが智慧である。
無量の勝方便は実相を思うに従って得。
一切の業障海は皆妄想より生ず。若し懺悔せんと欲せば端坐して
実相を思え(仏説観普賢菩薩行法経)
実相とは如実知見である。
南無阿弥陀佛