むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

沈静

ブログの更新頻度は落ちそうです。

 

具体的現実に対して、どうするのか、

 

これが直面する課題だからです。

 

実際に落とし込む、これはどういう意味が

 

あるのだろう。なるほど、そういうことか。

 

こういう一人の問答を繰り返しています。

 

往生とは生活である。曽我量深先生は

 

仰っておられた。頂いた念佛の信心を

 

確かめ、実践する。それを通して、いよいよ

 

助からない自分を照らしいだされ、

 

だからこそ助けずばおかぬ

 

本願ましますことを確かめる。

 

現実が大事であります。では、また。

 

真宗とは念佛に逃げるのではなく、

 

念佛が支えて下さり、念佛が溢れ出し、

 

念佛の中身が現われて下さる。

 

南無阿弥陀