むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

往生

身につける

曽我量深先生の言葉、 往生は心にあり、成仏は身にある、と。 身とは、今この身であるし、土でもある。 自分はこの土に属している訳で、自分と 無関係に土がある訳ではない。 僕は思うのです。悲しく、辛い生存は この一期で終わりにしたい、と。 もう差別、…

信の深まり

自分がいよいよ助からない存在、 どうにもならないものであること、 人間の身をまとってしまっていること、 これらが明らかになること以外に特別な ことがあるわけでもない。 伝統的には機の深信であります。 決して助からぬ身を必ず助けて下さるのが 本願で…

不退の位

摂取のうえには、ともかくも行者のはからいあるべからず候う。浄土へ往生するまでは、不退のくらいにておわしませ候えば、正定聚のくらいとなづけておわします事にて候うなり(ご消息集 親鸞聖人 p590大谷派聖典) 助かるとは、どういうことか。 実は助かる…

追記あり 仏法の血肉化

現実化しない仏法など空想に等しい。汗になり、眼差しになり、涙になり、苦悩にまでなるのが仏法でしょう。僕はそう思う。だから試行錯誤する(2020.4.6ツイート) この文をtwitterの固定文にしています。 ↑この投稿をした時のものなので、変わっている、元…

摂取不捨の大悲

如来の大悲によって、 無上の信心が発起せしめられる。 その信心が人を人と育てて下さる。 如来が一切の衆生を必ず摂取下さる故に、 自分は自分の分限に励む。 誠に仰ぐべきは如来の大悲。 誠に深きは如来の大悲。 誠にあたたかきは如来の大悲。 誠に透徹た…

良い天気だ

空は青く、澄んでいる。 桜を愛でたいが、浮かれてもいられない。 時節到来、収束の目処が立つまで、 仕事の区切りがつくまで、弛むことは できない。 聞法会も中止。だが、念佛は人も時も場所も 選ばない。今、ここに不急のことだらけの 自分に南無阿弥陀佛…

専修念佛

如来の勧め。無量寿佛の御名をたもて。 これを相続させて頂くより外にいずれも 道なし。念佛が導き、育ててくださる。 汝、この道を行け。我能く汝を護らん。 この言葉を聞き、決定してこの道を行く。 特別な心境はなく、ただこの大悲の一声、 一声を聞くば…

諦めない者

決して諦めない者を法蔵菩薩という。 彼が不退転であり、自分は退転する者。 彼が不退転であれば、何も問題ない。 今往生の中にあり、 故に必ず往生は遂げられる。 必至滅度。この身が滅ぶ。 南無阿弥陀佛

追記あり 目指すべき道がある

無上正真道。 念佛往生の道。 わが名を称えよの仰せに帰す。 世間は乱れていて、収束はまだ見えない。 しかし、各国の善良な人々が知恵と力を 合わせ、懸命に働いて下さっている。 ならば、自分も自分の場所で、 力を尽くそうではないか。役に立つか、 立た…

一途に大悲を聞く

お西、お東、仏光寺派、高田派、興正寺派。浄土真宗には色々な宗派がありますが、個人的には、何派だろうが、関係なくて、大悲を説いて下さる方であれば、足を運ぶのであります。たとえ他宗の方でも構わない。ある先生から聞かなければ信心は起こらないとか…

教行信証

春が来れば桜が咲く。桜は冬の間も根を静かに張っている。 淡々と、静かに。着々と、確実に。 根を張り続ければ、自ずから時が来れば、花は咲く。咲かそうと意図しなくても咲く。 だから、すべきことは原点、基礎、基本を反復して身につけ、現実に教えを体現…

往生の中に今在る

往生は生活である。往生は我等の精神生活である。(親鸞の大地 津曲淳三p21)曽我量深先生の言葉を考える。この残りの人生は何の意味があるのか。どうして信心決定の一念で、この身を滅ぼして下さらなかったのか。生存にどういう意義を見い出せばいいのか。…