むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、僕も、共に歩む。

念佛

良い天気だ

空は青く、澄んでいる。 桜を愛でたいが、浮かれてもいられない。 時節到来、収束の目処が立つまで、 仕事の区切りがつくまで、弛むことは できない。 聞法会も中止。だが、念佛は人も時も場所も 選ばない。今、ここに不急のことだらけの 自分に南無阿弥陀佛…

専修念佛

如来の勧め。無量寿佛の御名をたもて。 これを相続させて頂くより外にいずれも 道なし。念佛が導き、育ててくださる。 汝、この道を行け。我能く汝を護らん。 この言葉を聞き、決定してこの道を行く。 特別な心境はなく、ただこの大悲の一声、 一声を聞くば…

大悲方便

願いは形をとる。 美しい言葉、信じない。 甘美な言葉、信じない。 語らざれど、淡々と行じ続ける方、 これ、真の人なり。 信じるに値するのは、表現であり、 動きである。 南無阿弥陀佛とは、大悲が敢えてかたちを とってくたさったものである。 南無阿弥陀…

法蔵菩薩

彼を想うとき、忍耐が湧きいでる。 彼を想うとき、勇気が湧きいでる。 彼を想うとき、悠久の流転を思う。 彼を想うとき、わが苦悩流れていく。 彼は云う。われ、汝を待つ、 決定して必ず往生せしめんと。 この待つの一言の中に大悲円満す。 この言葉によって…

苦の存在たる事実

苦とは、思い通りにならない、ということ。すなわち、形を持つ存在は微塵の例外なく、一切が苦の存在である。無常を免れるものあらず。移り変わっていく定めにある。われも、かれも、かのじょも、一人も免れることあることなし。この事実から目を逸らさずに…

無碍光明破無明闇

難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり。(顕浄土真実教行証文類 総序の文 親鸞聖人) 無碍の光明とは、われらに一切の要求がない、ということ。翻すと、自分で自分を、他者を真に受け止めることができないのが、汝なのだ、…

一途に大悲を聞く

お西、お東、仏光寺派、高田派、興正寺派。浄土真宗には色々な宗派がありますが、個人的には、何派だろうが、関係なくて、大悲を説いて下さる方であれば、足を運ぶのであります。たとえ他宗の方でも構わない。ある先生から聞かなければ信心は起こらないとか…

聴聞に身を置く

今は六時過ぎ、七時から勉強会があり、向かっている。お香の焚かれている場所に身を置くと、意図せずとも、自ずからお香の薫りが衣服に沁み付いてくださる。先達はこう仰った。仏法は毛穴から入るものだ、と。聴聞に身を置く、穴の空いたザルとも、水の中に…

念佛がはたらいて下さる相とは

とるに足らない会話。掲示を見てくれたこと、好きなドラマを教えてくれること。アドバイスを聞き入れて下さり、具体的に物事が変わる可能性を感じること。 音響忍という言葉もある。何を感受するかは、自分次第なのだろう。 ストロークという概念がある。存…

我能く汝を護らん

南無阿弥陀佛とは、今、ここで、自分を持て余して、どうしたらいいのか、途方に暮れている僕に、我能く汝を護らんと仰って下さる佛語である。 悲しいかな、自分でありながら、自分を始末することができない。だから、浄土に往生させ、煩悩を除き、佛にするか…

今、ここで、大悲を聞く

何時でも、今、ここにいる、自分に南無阿弥陀佛は何を仰っているかを聞くのだと、 先生に教わった。タノメ、タスケルと仰せくださる佛様が南無阿弥陀佛。今、ここに、念佛のすがたをとってまで口から現れて下さる、聞こえて下さるではないか。助からぬ汝を必…

原点に帰る

年頭につき、自身の抱負を記す。原点に帰る。この一年はこういう年にしたい。こう思うのには、二つ理由がある。 ひとつめに、最近、しきりにこう思う。基本が大切である、と。達人で基本を疎かにされた方は、恐らく、ただの一人もいないはずだ。須く基本に徹…

愛とは行為である

今年、感銘を受けた言葉で、とても驚いた。サーバント・リーダーという本の中に出てきた言葉です。 今の自分の問題は、行である。身心意の三業が一体となっているか。 思ったならば、形を表せ。 形なき思いは空想に過ぎない。手を動かす。矢面に立つ。柔らか…

教行信証

春が来れば桜が咲く。桜は冬の間も根を静かに張っている。 淡々と、静かに。着々と、確実に。 根を張り続ければ、自ずから時が来れば、花は咲く。咲かそうと意図しなくても咲く。 だから、すべきことは原点、基礎、基本を反復して身につけ、現実に教えを体現…

今日まで生きてきたこと

生存は苦である、他の犠牲を強いる自己の生存に僕は悲しみを感じる。かといって、死に偏ることは出来ない。否、死ぬのが嫌なんだと思う。ただ、この37年間の生存のうち、32歳から、今に至るまでは、一応は生きてきた、人の身を生きたと言える。そして、沢山…

思い通りにしたいのだな

苦悩の内容は、自分の思い通りにならないことを憎むこと。他者を変えようとしたり、変えれると思う、その根性が自力なのだなぁと思う。助からないなぁと思う。そこに大悲念佛によって、我汝と共にあり、我が名を称えよと念佛を申す。国土の名字仏事を成す。…

先達の言葉

先んじて、人の身を生きてこられた方の言葉、法を求めてきた方の言葉に耳を傾ける。その人にはたらく法を感受することで、法の普遍性を確かめる。おぉ、共に大悲がはたらいておられる、と。諸仏護念の益を感ずる。答えを求めるのではなくて、問い続け、求め…

必帰最勝直道

大聖一代の教、この徳海にしくなし。穢を捨て浄を欣い、行に迷い信に惑い、心昏く識寡なく、悪重く障多きもの、特に如来の発遣を仰ぎ、必ず最勝の直道に帰して、専らこの行に奉え、ただこの信を崇めよ。 (顕浄土真実教行証文類序 親鸞聖人)なぜ生まれてし…

余韻

輪が鳴り、静かに止むまでに余韻がある。微かに音が響いている。それに似た何とも云えぬ残響の中にいる。明日からまた日常が再開する。また勝負が始まる。自分との対峙。沢山の方のお話を聞けて良かったと思う。ともに、凡夫がいる。沢山いる。僕もまたその…

連鎖を終わらせる

苦悩、すなわち思い通りにならないこと。これに対峙した時、逃げたくなる。恨みたくなる。言い訳をしたくなる。他者のせいにしたくなる。つまり、自分の問題だと背負いたくないのだ。あまりにも問題が重すぎて背負いきれない。 そうすると、不平不満、愚痴、…

念佛に打ち込むべし

わが思いはからいに囚われることなく、 ひたすら一途に専ら念佛すべし。 念佛は大悲のかたちなり、 かたちなきものがかたちをとってあらわれて くださったまことのかたちなり。 念佛の出処はすべて法蔵菩薩の願心。 一念一刹那も清浄ならざることなし。 され…

行が問題だ

具体的現実で問われるのは、実践、即ち 行である。対己に関しては、唯念佛一行、 これのみである。 対他者に対する具体的実践が、 六波羅蜜である。 軟らかい言葉。孤独と無関心への忍耐。 差入。 自分自身を賭けて念佛を表現する、 阿弥陀佛の本願が実在す…

溺れる夢

濁流に流され、川底に引きずり込まれる。 息が吸えず、苦しい。誰かが足を引っ張る。 溺れた人は自分だけではなかった。 大勢の人が濁流に呑まれ、自分もまた 沈んでいく。 味わった息苦しさと足を掴む力は 生身で感受する以上に現実味を帯びていた。 さて、…

助かるということ

念佛称えて助かるのではない。 如来を信じて助かるのではない。 念佛にまでなって下さった大悲。 助かるまじき存在たる我を助け遂げずば おかないとまで誓って下さった 大いなる大悲の願心。これを聞く一つで、 行信、他力の大菩提心まで回向して下さる。 こ…

マシだと思う心(追記あり)

A>B A=自分 B=他者 できないより、できる方がいい。 ないより、ある方がいい。 自分はあの人よりマシだ。 この心が流転の根、地獄の元であろう。 死骸のような心。腐り切った心。 どうしてもこの心を離れることが できない。故に無始より流転しているから…

聖胎長養

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/聖胎長養 また言わく、信は道の元とす、功徳の母なり。 一切もろもろの善法を長養す。 (親鸞聖人 顕浄土真実教行証文類 信の巻) 華厳経のお言葉を引かれておられる。 念佛往生とは念佛の信を長養することだと 思う。現実…

常行大悲

佛さまが常行大悲の方であり、 自分は専ら佛さまの行を蒙るのであった。 お念佛の相、まことに大悲である。 独りでも独りではない。 南無阿弥陀佛

心境に用事なし

疑心あることなし、これを聞というなり、 と親鸞聖人は仰った。 若不生者の誓いゆえ 信楽まことにときいたり 一念慶喜するひとは 往生必ずさだまりぬ 歓びに浸った時もある。 浅ましさに眠れなかった日もあった。 有難い心も有り難く無かろうと 共に用事なし…

変化は面白い

変わることは面白い。 変わることは動くこと、反応したり、 適応すること。 ただし変わらぬ軸を獲た上で、 敢えて変わることを選ぶことと、 流されて変わること、即ち、 変わることを忌避するけど、変わらざるを 得ないのとでは、相が同じでも意味が異なる。…

一歩ずつ

佛性覚醒は大悟に非ず。 このお言葉は以前、書いた寂静禅経の ものです。 信心決定と先の佛性覚醒はイコール、 即ち等しい言葉であると感受します。 そして、こういうことも仰る。 佛性覚醒を大悟と誤認しやすい、と。 浄土真宗でもこの点をよく噛みしめる必…