むなしさとともに

徒然なるままに。自分のために、そして、いつか如来に出遇う誰かのために。

有縁の知識

私が現在ご縁のある先生方については、事前に相談等も必要だと

 

思いますし、その人の信仰の状況にも関わることなので、

 

このような場では申し上げるつもりはありません。

 

しかし既に往生された先生方ならば、お伝えできると思います。

 

二人おられます。

 

藤谷秀道先生と和田稠先生です。

 

お二人ともにご著書もあります。

 

和田先生は『常没の凡愚』というCDも市販されております。

 

本当に深刻に自分が苦しんでいるのかどうか。

 

また一体何に苦しんでいるのか?

 

最も大事なことは、如来はわたしに何を仰っているかを聞くこと、

 

これだけであります。

 

南無阿弥陀

 

追記:自分の先生です、というものの、実際にお会いしたことは

   ありません。しかし、先生方の言葉は肺腑に沁みるのであります。

   仏語は解釈するものではなくて、響くものであります。

   念佛は称えるものではなくて、専ら聞かせて頂くものであります。

   口で称えれば耳に聞こえる。それは称えさせ、聞かしめたい、という

   大悲のもよおしがあればこそ、一声の念佛が出てくださるのであります。

   自分には、念佛を申す心など微塵もないのです。