むなしさとともに

念佛とはむなしさを横超する大行なり。専ら聞くばかり。ともに聴聞しましょう。もろびとみなともに。

聖胎長養

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/聖胎長養

 

また言わく、信は道の元とす、功徳の母なり。

 

一切もろもろの善法を長養す。

 

親鸞聖人 顕浄土真実教行証文類 信の巻)

 

華厳経のお言葉を引かれておられる。

 

念佛往生とは念佛の信を長養することだと

 

思う。現実の生活がどのような意味に

 

転換されるかは、うつしみを持っている

 

われらには大変な問題だと嘆じる。

 

長養ということは、修道であり、

 

具体的には反復、反省、反芻だと思う。

 

反復して身につく。反省して工夫が生まれる。

 

反芻して意味の意味にたどり着く。

 

信の一念が到来しても、その背後たる

 

如来の願心と我が身の助からなさは、

 

この反復を通して次第に、自然に明らかに

 

される。行は念佛ただ一行である。

 

聞薫習というお言葉を聞法会で仰って

 

下さった。薫習とは無理のない言葉であり、

 

それは修道において、なんとわなしに

 

知らされるものでありましょう。

 

まぁ、全く佛法が身につかないのですが、

 

佛様はだからこそお前のための南無阿弥陀

 

じゃぞやと仰って下さる。

 

ちゃんと佛様とともにいるのであります。

 

南無阿弥陀