むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

生存における緊張感

日常が再び始まった。

自分の在り方が試される。

柔らかさの中にしなやかさ、いわゆる厳しさも

含んだ上で、やりとりせねばならない。

労働を提供する代わりに賃金を得る。

賃金を得るなら、質の高い労働を模索せねば

エントロピー、すなわち、無常に苛まれ、

劣化は避けられない。

何がいいたいかというと、緊張感が必要なので

ある。日常の職業的緊張感、求道における

宗教的緊張感、これを保つ必要がある。

哀しきかな、ここは娑婆世界。

競争と比較の世界。求道のためには、

生き延びねばならない。たとえ、誰かを傷つける

ことになっても、席は限られているのであれば、

奪い取るしたたかさも必要なのである。

僕は道を求めねばならない。

助からない身を抱えているのだから。

故に思想と技術、そして、遂行する力を

求めるのである。止まる訳にはいかない。

学び、得なければならないことが海のごとく

あるのだから。

南無阿弥陀

緊張感とは、つまり、一生懸命である。

良し悪しでなく、ただ自分はひたむきに

できることをしよう、仏さまが仰ることを

聞こう、助からぬ身を尋ねていこう、と。

その先に何があるか知らないし、興味もない。

現世利益もないし、そんなものはいらない。