むなしさとともに

徒然なるままに、真宗の味わいを書いていきたいと思います。不快な方は、予めご遠慮ください。

決定要期

本願を信じ、念佛を申す。

 

自分自身は、自分の臨終の後に、

どこへいくのか、どうなるのか、分からない。

 

ただ、汝、我が名を称えよ、称えるばかりで、必ず助ける、という

仰せをそのまま聞いて、お念佛申すだけである。

 

特別なことは何もないし、有難い心境、例えば歓びが身に満ちるとか、

そういうことがずっと、続くとかでもない。

 

歓びがあるとか、ないとか、有難いとか、有難くないとか、

自分には一切関係がない。用事がない。

自分は主体ではなく、一方的な客体だからである。

 

ただ引き受けるの仰せを聞き、仰せのとおりお念佛申す。

 

どこへ行くかはわからないけれど、どこへ行っても仕方のない身。

連れて行くとおっしゃったところに行かせて頂けばいい。

とても文句は言えないのだから。

 

本願とともに。なむあみだぶつ。