むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

愛とは行為である

今年、感銘を受けた言葉で、とても驚いた。

サーバント・リーダーという本の中に

出てきた言葉です。


今の自分の問題は、行である。

身心意の三業が一体となっているか。


思ったならば、形を表せ。


形なき思いは空想に過ぎない。

手を動かす。矢面に立つ。柔らかい言葉を

かける。黙ってすべき事に励む。


足らないことだらけで、恥ずかしい限りだが、

だからといって、何もしないことを肯定する

根拠にはならない。未熟だからこそ、

励むのである。誰のために。自分のために。




念佛の信心があるのならば、具体的に汝は

どういう動きをするのか。


現実が信心を問うてくる。現実のおかげで、

独りよがりの自分が知らされる。


広略相入とは互いに相まって深まっていくこと

だろうと思う。

他力の信心は次第に深まっていく。停滞しない。

南無阿弥陀佛がはたらき続けて下さる。

だからこそ、

諦めずに現実に向き合えるのであります。

本願がなければ、即座に涅槃に入ることを

望んでしまうでしょう。

本願があればこそ、耐えよう、堪えよう、と

いう勇気が湧いてくるのであります。

煩悩があればこそ、念佛に立ち返ることができる。

ただ、煩悩を始末できぬ我が身は悲しい。

南無阿弥陀