むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

閑話休題

偏らない。

このことを初期の教典には繰り返し書かれている。

最近、仏教の本をしっかり読もうとか、

学ぼうとか、身につけようとか、そういう

気持ちがない。

どちらかというと、世間的な知識、技術、

思考に重点がかかっている。

どうやら、やじろべえのように、

振り子のように行ったり来たりする、

偏ってもまた中心点に戻ることを中道と

言うのではないかと感じる。


だから、仏教にも偏りたくない。

ただ、核心は如来の信心ただ一つではあるが。


また、特に強く感じるのは、

自分は常に渇いている状態にあるということ。

渇愛

その根源に不安定さがある。

常に何かにこころが動いていて定まらないし、

ろくなものに目が移らない。

この動きを繰り返し観察しつつ、浅ましいことを

繰り返している。

どうしたものか。

僕は酷く渇いている。

南無阿弥陀