むなしさとともに

一切の悲しみが尽き果てるまで、僕も、共に歩む twitter(@oujouwogosuru)

追記あり 互いに今できることをしたい

過去は過ぎていった。

 

未来はまだ来ていない。

 

今は過去から至っていて、今から未来に

 

至る。

 

今は、自粛や規制があって。

 

実際に、感染症でいのちを失う人が

 

たくさんいて。仕事もできず、資金に

 

窮し、途方にくれている人も多いと思う。

 

自分は、感染しないことを諦めようと思う。

 

ただし、感染するタイミングをできるだけ

 

後ろにずらせるよう、手を丁寧に洗い、

 

水うがいをし、三密を避け、目の前の人に

 

できるだけ親切にしようと思う。

 

今すべきと言われることをしっかりやって

 

いこうと思う。

 

感染してしまった場合、軽症ならば

 

おとなしく家で引き籠ろうと思う。

 

優先すべきは重篤な方、あるいは、

 

感染症以外で病にかかっていて、本当に

 

医療を必要とする人に治療が施されるべき

 

であって、軽症と判断された場合、

 

指示に従い、床に臥せばいいと思う。

 

コロナウイルスに限らず、感染症とは、

 

恐らく折り合いをつけて、付き合わないと

 

いけないものになるのではと考えている。

 

過度に不安にならず、神経質にならず、

 

しっかり食事を頂き、しっかり睡眠をとり、

 

仕事があるなら仕事をやって。

 

仕事ができなくなったら、しっかり休んで。

 

重篤になったら、潔くしっかり苦しんで、

 

ここを去れればと思う。

 

良いところだと思います?ここ?

 

僕は全然思わないんです。

 

僕の存在そのものも、世界も寂しくて、

 

悲しいと思う。

 

でも、それを言い訳にして、部外者になる

 

訳にはいかない。

 

それは逃避だと思うからです。

 

批評家にはなりたくないんです。

 

 

とにかく、言いたいことは、不安になっても

 

状況は何も変わらないし、

 

他者に辛く当たったりするのは、格好悪い。

 

苛立っているのは全員で、それを堪えて

 

過ごしているだけですからね。皆不安だと

 

おもいます。

 

僅かでも、自分と関わる人の気持ちが乱れぬ

 

ように、落ち着くように、向き合うことが

 

自他ともに活かすことに、

 

なろうと思うのです。一隅灯照。

 

 

ぎおんしょうじゃのかねのこえ

しょぎょうむじょうのひびきあり

しゃらそうじゅのはなのいろ

じょうしゃひっすいのことわりをあらわす

おごれるひともひさしからず

ただはるのよのゆめのごとし

たけきものもついにはほろびぬ

ひとえにかぜのまえのちりにおなじ

 

小学三年の国語の授業でこの文章を読んだ時

 

不思議な感覚をもったのを覚えている。

 

不思議な文章だなと。

 

 

その後だったろうか。大切な鳥が蛇に

 

食べられて、激しい憎悪が沸いた。

 

これは一体何だ、と。あれから、30年。

 

今もまだ答えは出ていない。

 

 

 

 2020.05.04追記

 

書いてから一月経ったのですね。

 

お互い大変だったかと思います。

 

お疲れ様です。

 

 

コロナウイルスの件で、生活に多大な

 

支障をきたしておられる。

 

実際に貧困、或いは、経済苦で

 

お命を絶たれた方もおられると聞く。

 

大変なことになってしまったし、

 

ストレスも大きくなってきたと思う。

 

 

自粛に対する補償、および、解除の

 

客観的な指標の共有。最低限、

 

宣言の際に国民に示すべきではなかった

 

かと感じる。

 

それから、優先順位。

 

人間は無限ではない。

 

政府も有限である。

 

明確にそのことを認識した上で、

 

補償の強弱をつける、迅速性にメリハリ

 

をつける、工夫できないのかと思う。

 

一番わからないのは、

 

この状況に対して何の感情をもって

 

いるかが、全然わからないこと。

 

痛ましさを感じているように思えない。

 

だから、違和感があるのかもしれない。

 

毎日仕事に行かねばならないことへの

 

不安。いつ目処が立つのかわからない

 

不安。お金が尽きていくことへの不安。

 

感染したら差別されかねないことへの

 

怖れ。

 

 

自分で現場に足を運び、市民に耳を

 

肩向け、目で見れば少しはわかると

 

思うのだが、結局遠いのだと思う。

 

安全な環境に身を置くと、現実を

 

見失ってしまうのかもしれない。

 

結局、力ないことを嘆かず、

 

すべきことを繰り返していくしか

 

ないのだろうが、歯がゆいとも思う。

 

あと一月足らず、忍耐の時期ですね。