曽我量深先生の言葉、
往生は心にあり、成仏は身にある、と。
身とは、今この身であるし、土でもある。
自分はこの土に属している訳で、自分と
無関係に土がある訳ではない。
僕は思うのです。悲しく、辛い生存は
この一期で終わりにしたい、と。
もう差別、区別、分け隔て、優劣、美醜、
こういうものを卒業したい、と。
そのために、学ぶことがある。
技術、あるいは、表現の方法であります。
心はすがたをとって、初めて表出する。
身につける、という学び方が、本当に
大切なのだろうとしみじみ思います。
死に逃避するのではなく、正見し、
対峙し、体当たりしていくところに、
体解という道がひらいていく、そんな気が
するのです。つまりは、主体性の問題です。
心境にとどまるのではなく、それを
破っていく。こういう道です。